近年、ゲーム開発の現場で「コア人材」の不足が深刻化しています。新規プロジェクトから既存のタイトルまで、あらゆる場面で「開発プロセスを熟知し、複数の役割をこなし、技術と創作の両面からプロジェクトを主導できるベテラン開発者」が求められているのです。しかし、その貴重な人材は市場から姿を消しつつあります。採用担当者は「クリエイティブな能力を持つ人が見つからない」と嘆き、多くのプロジェクトはごく少数の立ち上げメンバーに依存せざるを得ません。この状況は、日本のゲーム業界にも無縁ではありません。中国のゲーム業界が直面するこの課題の深層を探り、その背景にある構造的な問題と、私たちに与える示唆を考察します。
なぜ「コア人材」が不可欠なのか?深まる現場の危機感
「コア人材」とは、単に技術力が高いだけでなく、ゲーム開発の全工程を理解し、企画、技術、マネジメントを横断的にこなせる存在を指します。彼らは時に複数の職務を兼任し、技術的な視点とクリエイティブな視点の両方からプロジェクトを牽引します。しかし、現在のゲーム開発現場では、こうした人材が驚くほど不足しているのが現状です。
大規模化するプロジェクトほど、強力なリーダーシップを持つ主導者が求められますが、その一方で多くの開発者は自身の役割が限定され、プロジェクト全体を俯瞰する機会も能力も得られないまま「周辺的な存在」に置かれています。現場の最前線に立つ開発者たちは「上層部は目標だけを提示し、具体的な問題解決には関与しない」と感じ、閉塞感を抱いています。高度に専門分化された開発環境は、プロジェクト内で管理能力と全体を開発できるコア人材を育てることを困難にしているのです。
その結果、市場では人材採用のハードルが上がる一方で、実際に採用できる人材は減るという矛盾した状況が生まれています。どの企業もチームの核となるベテランを渇望するものの、能力のある人材には過大なプレッシャーがかかり、新人にはベテランになるための機会が与えられないのです。特に、創作性やコンテンツの質が重視されるゲーム業界において、この矛盾はより顕著に表れています。
流動する権力と市場の変革
「創作は本質的に独裁的だ。プロジェクトはただ多くの人が方向性を示すだけではだめだ。強力な誰かが、プロジェクトの尻を叩き、前進させる必要がある」。プロジェクトの主文案である義軒(仮名)は、自身の経験からそう語ります。彼は名目上は文案担当ですが、実際には世界観設計やバージョンロードマップ策定といった核心的な技術・企画業務も兼任し、プロジェクトの未来を実質的に主導しています。この重責は彼に大きなプレッシャーを与えています。
義軒のような「コア人材」は、往々にして初期段階から高い期待を寄せられ、停滞するプロジェクトに新たな方向性をもたらすべく、大きな権限を与えられます。しかし、彼らが直面するのは、上層部の漠然とした要求と、具体的な協力を得にくい現場の現実です。結局、技術的な課題の解決や方向性の決定は、彼一人の肩にのしかかることになります。
ゲーム会社のような「知識労働者」を中心とする組織では、権力が「できる人」「責任を負える人」へと自然と流動する傾向があります。特に、企業オーナーの個人権威が制度的権威よりも強い場合、この傾向は顕著です。また、市場環境の変化も、能力と責任感を兼ね備えた人材へのニーズを高めています。とある開発責任者である浩辰(仮名)は、「以前は戦略的に市場機会を見つければ、多大なコストをかけてでも大量に人材を投入し、一つでも成功すれば利益が出た。しかし今では、特定のジャンルへの深い理解と実務経験を持つコア人材が求められる。コストをかけられない今、大部分のメンバーは単純な実行作業しかできず、設計や実践面で彼らに頼ることはできないからだ」と語ります。外部環境から内部の権限分担まで、あらゆる要素が、プロジェクトを主導する権力を少数のコア人材の手に集中させているのです。
コア人材が生まれない構造的な問題
プロジェクトに不可欠な「コア人材」ですが、その数は年々減少しています。義軒は、この人材の希少化には二つの側面があると指摘します。一つは、コア人材になるためのハードルが高すぎること。もう一つは、新世代の開発者が開発プロセス全体を学ぶ機会が失われ、「上に上がる道が閉ざされている」ことです。
「コア」に求められる資質と高まるプレッシャー
「もし一人の人間が、全員に信じられ、全員に支持され、全員がその人物のバージョンやプロジェクトのためにリソースを動かそうとするなら、その人物こそが真の王だ」。しかし、現在の環境は、そのような人物の存在を許さないと義軒は言います。コア人材になるには、まず「何かを成し遂げたい」という強い意欲が必要です。そして、開発プロセス全体への深い理解、さらにデザイン的なこだわりを超えて客観的にコミュニケーションを取るための高い情動知能(EQ)が求められます。
義軒は自身のキャリアを振り返り、「非常に困難で、ナイフの刃の上を転がるようなものだった」と語ります。コミュニティ運営、数値プランニング、文案企画など、多岐にわたる経験が、彼に各セクションを調整し、デザインの際に他セクションへの配慮を可能にしました。こうした経験こそが、彼をプロジェクトの実質的な技術管理者たらしめたのです。
さらに、コア人材は「精神的・道徳的な要求」にも応える必要があります。現場の最前線の開発者からは、「上流から降りてくるタスクを細分化し、全員が能力範囲内で効率的に働けるように手配する」「品質の基準を示し、彼らがいる限り、出来上がりが悪くなることはない」といった期待が寄せられます。市場の反応を予測できない開発者たちは、自分たちのコンテンツ品質を判断してくれる存在を強く求めており、その期待と責任はコア人材に大きな精神的プレッシャーとして押し寄せてくるのです。
「権力闘争」と「成長機会の喪失」
また、コア人材は「権力争い」にも直面します。浩辰はプロジェクトの管理者を二種類に分けます。一方は「経営者を模倣し、現場開発に携わらない『文官』タイプ」。もう一方は開発プロセスを熟知し、実際に手を動かす「コア人材」です。プロジェクトが順調な時は「文官」タイプが管理を担うことが多いですが、ひとたび問題が発生すれば、「文官」は解決策を提示できず、その時になって初めて「コア人材」の出番となるのです。このような内部の権力構造も、真のリーダーシップを発揮するコア人材の育成を阻んでいます。
そして最も深刻な問題の一つが、新世代の開発者が「開発プロセス全体を学ぶ機会」を失っていることです。高度な分業体制の中で、個々の役割は細分化され、プロジェクト全体の流れや各部門との連携を経験する機会が極端に少なくなっています。これにより、将来的に「コア人材」となり得る人材が育ちにくい状況が生まれてしまっているのです。
まとめ:日本のゲーム業界への示唆
中国のゲーム業界が直面するこの「コア人材」問題は、日本のゲーム開発現場にも多くの示唆を与えています。世界的に競争が激化し、高品質なコンテンツが求められる中で、プロジェクトを力強く牽引できる少数のベテランの存在は不可欠です。しかし、彼らが過大なプレッシャーに晒され、一方で新しい世代が全体像を学ぶ機会を失っている現状は、持続可能な開発体制を脅かしています。
この課題を解決するためには、経営層が「権力の流動性」を理解し、真に能力と責任感のある人材に権限とリソースを集中させる勇気が必要です。また、新世代の開発者に対しては、単一の専門分野に閉じこもらず、多様な職務経験を積ませ、プロジェクト全体を俯瞰できるような育成プログラムやキャリアパスを提供することが重要になるでしょう。中国の事例から学び、日本のゲーム業界が未来の「コア人材」をどのように育成し、確保していくか。その問いは、業界全体の成長と発展を左右する喫緊の課題と言えるでしょう。
元記事: chuapp
Photo by cottonbro studio on Pexels






