中国のファストフードチェーン「老郷鶏(ラオシャンジー)」は、近年注目を集めるプリセット料理(ミールキットや半調理品)市場において、その透明性の高い運営モデルで異彩を放っています。食材の調達から加工、配送に至るまでサプライチェーンの全詳細を公開するという、異例の戦略を打ち出し、消費者からの厚い信頼を勝ち取りました。しかし、この誠実さが生み出す「重資産」モデルは、高いコスト構造という課題を抱え、同社の株式公開(IPO)への道のりは幾度となく阻まれています。本記事では、老郷鶏の革新的な透明経営の光と影、そしてIPOの難局に立ち向かう彼らの挑戦を深掘りします。
「透明経営」で消費者信頼を掴む老郷鶏
食材トレーサビリティの徹底と「プリセット料理」市場の潮流
「老郷鶏」は、他の外食企業がプリセット料理を巡る論争で批判される中、サプライチェーンの詳細を積極的に公開することで、消費者の支持を得ました。同社が公表した119品目のメニュー構造を見ると、その約70.6%が店内で調理される「現做」料理、27.7%が「半調理品」、そしてわずか1.7%が「冷凍調理品」であることが示されています。この正直な情報開示は、プリセット料理への不信感が募る市場において、老郷鶏に思わぬ高評価と利益をもたらしました。
2024年には、20万字に及ぶ「料理トレーサビリティレポート」を発表。これは、食材の飼育・加工・配送といった全サプライチェーンを網羅し、なんと各料理の原価構成まで詳細に開示するという徹底ぶりです。これにより、老郷鶏は「透明経営」を新たな高みへと押し上げました。
コストを厭わない品質追求とサプライチェーン構築
安徽省に2つのセントラルキッチンと8つの配送センターを自社で構築している老郷鶏は、省内および上海の店舗への当日配送を実現。その他の地域でも48時間以内の配送を可能にしています。このような「重資産」モデルは、品質を保証する一方で、多大なコスト負担を伴います。
徳邦証券の調査レポートによると、老郷鶏が飼育から加工までを自社サプライチェーンに組み入れているため、原材料コストが売上の40%を占めるという高い比率になっています。特に、同社が使用する「老鶏(ラオムージー)」は、一般的な白羽鶏の4倍の飼育期間を必要とし、飼料消費量も30%多いとされます。このような徹底した品質追求が、コストを直接的に押し上げる要因となっているのです。
IPOを阻む「重資産モデル」の壁
5度にわたるIPO失敗の背景にある財務的課題
資本市場は、このような「透明企業」に対して複雑な態度を示しています。老郷鶏はこれまで5度にわたりIPOに挑戦しましたが、いずれも失敗に終わっています。2022年の中国A株市場での申請では45項目もの質問を受け、2025年には香港市場での申請を2度試みるも失効。その企業評価額は一時180億元から90億元へと半減しました。
主な障害の一つは、社会保険のコンプライアンス問題です。2022年から2025年8月までの社会保険・積立金(住宅積立金)の不足額は合計1億元を超え、潜在的な罰金は最大2.15億元に達する可能性が指摘されています。
また、収益性も課題です。同期間の粗利率は20.3%から24.6%で推移し、30%の壁を突破できていません。同業他社である「郷村基(カントリー・ベース)」の粗利率が57%であることを考えると、老郷鶏のコスト構造の高さは顕著です。
消費者行動と「価格競争」のジレンマ
消費者は価格で「足による投票」をしています。2023年には「月給2万元(約40万円)では肉料理3品を注文できない」という話題がネットで議論を呼びました。老郷鶏の客単価28元は、一般的な軽食ファストフードより約3割高い水準です。全工程トレーサビリティモデルの下では、消費者が料理の原価を明確に計算できるため、ブランドが享受できるプレミアム価格の余地が制限されてしまいます。
競合の「西貝(シーベイ)」の事例が示すように、セントラルキッチンを公開した後に値下げをしても客足は戻らず、最終的に閉店ラッシュに陥りました。老郷鶏もまた、品質追求と価格設定の間の微妙なバランスに苦慮していると言えるでしょう。
拡大戦略と地域的課題、そしてデリバリー依存
フランチャイズ戦略の落とし穴と軽資産モデルとの対比
フランチャイズ(FC)による規模拡大も新たな課題を生んでいます。2022年から2025年8月にかけて、FC店舗数は118店舗から733店舗へと急増し、全体の44.2%を占めるようになりました。しかし、FC店舗の粗利率は28.9%から20.1%へと低下しています。全サプライチェーンのトレーサビリティ要件により、FC店は指定原材料の使用を義務付けられるため、運営コストが直営店よりも高くなる傾向にあります。
これは、飲食業界で主流の「軽資産」型フランチャイズ拡大戦略とは対照的な「重資産」型であり、そのモデルの持続性が問われています。
成長のボトルネック:地域偏重とデリバリーの高コスト化
地域的な限定性も顕著です。2024年第3四半期までの売上の87%を華東地域が占め、特に安徽省が58%と、全国展開が遅れている状況です。一方、競合の「小菜園(シャオツァイユエン)」は、店長パートナー制度を導入することで、急速な店舗拡大に成功しています。老郷鶏の創業者一族による家族経営構造(投票権の92.02%を掌握)や標準化されたファストフードモデルでは、このようなパートナーシップ型の拡大経路を再現することは困難です。
さらに、デリバリーへの依存度もコスト圧力を高めています。2025年8月までの直営店のデリバリー比率は44.44%、FC店では49.7%に達し、プラットフォームサービス料は15.8%から17.5%に上昇しています。オンラインでの累計露出が20億回を超えても、実際の顧客転換効率は期待通りとは言えない状況です。
まとめ
老郷鶏の透明経営は、食の安全に対する消費者の意識が高まる現代において、非常に価値のある戦略です。しかし、この品質と誠実さを追求する「重資産」モデルが、効率性と収益性、そして急速な規模拡大を求める資本市場との間で摩擦を生んでいるのが現状です。同社のIPOへの挑戦は、単なる資金調達の問題だけでなく、外食産業における「品質vs効率」「透明性vs収益性」という普遍的なテーマを提起しています。日本においても食の安全やトレーサビリティへの関心は高く、老郷鶏の事例は、外食産業が持続的な成長を遂げる上で直面する課題と、それを乗り越えるための革新的なアプローチについて示唆に富んでいます。彼らが今後、どのようにこの難局を打開し、さらなる成長を実現していくのか、その動向に注目が集まります。
元記事: pcd
Photo by Mikhail Nilov on Pexels






