中国の人気ゲームメディア「触楽」の編集者が、大人になって絵画のオンライン講座を再開した体験を綴ります。多忙な日々の中で膨大な課題に追われることを想像し、一度は躊躇しつつも、一歩踏み出した筆者。過去の美術教育では教えてくれなかった「絵の見方」や「審美眼」を求め、体系的な学習を通じて、これまで見えなかった世界の解像度が上がっていく喜びを発見します。停滞感を感じている日本の読者にとっても、新たな学びへの挑戦を後押しする洞察に満ちた記事です。
多忙な中で絵画を再開するということ
最近、筆者は絵画のオンライン講座を受講するという「難しい決断」を下しました。難しいと感じたのは、現在の多くのオンライン講座が、多忙な社会人には過酷な課題量を課すためです。特に有名なシステム化された講座は、あまりにも多くの課題があり、とてもこなせないと諦めてきました。
膨大な課題と現実の壁
以前から著名で長年開講されている体系的で専門的なオンライン講座を検討していましたが、最終的には「課題が多すぎて、とても描ききれない」という現実的な問題に直面し、断念してきました。社会人として仕事の傍ら、プロを目指すようなレベルの学習を続けるのは、時間的にも精神的にも非常に困難です。
学生時代の美術教育の限界
これまでの絵画経験は、学校の美術の授業と、青少年宮(中国の青少年向け文化施設)の課外活動でのデッサン、速写、水彩画の基本的な三つの技法が主で、中学卒業と共にほとんど終わってしまいました。当時の先生たちは基本的な技術は教えてくれましたが、「絵の鑑賞方法」や、今でいう「審美眼の蓄積」という要素はほとんど教えてくれませんでした。美術館で多くの名作に触れても、「なぜこの絵が美しいのか」を真に理解したり、誰かに教えてもらったりする経験は少なかったのです。そのため、自分でも「美しい」と感じる絵を描くことはできませんでした。
「美しさ」の裏にあるロジックを探求する
その後、デジタルイラスト(板絵)が流行し、ゲームアートの分野でも競争が激化すると、オンラインで様々なレベルの美術講座が開講され、多くの「お試し授業」が公開されるようになりました。そこで初めて、白黒の構成、図形変化、構図といった基本的な美術の概念に触れることになります。
ゲームアートが教えてくれた視覚の構成
筆者はもともと図形に強く魅せられる人間で、幾何学的なスタイルや力強いブロック状の画面に特に惹かれる傾向がありました。しかし、その理由をずっと理解できずにいました。そんな時、これらの「お試し授業」を通じて、外付けのシステム化された無料の動画チュートリアルなど、多くの美術教材を次々と見つけ、まるで新しい世界への扉が開かれたかのような感覚を得たのです。特に、ゲーム「Dishonored」シリーズの設定集は、筆者にとって「無冠の王」であり、その簡潔で力強い造形美は、視覚の構成がいかに重要かを教えてくれました。
図形と色彩、そして理性的な科学
「感性」と結びつけられがちなアートとは異なり、図形や色彩が観る人の視線や思考を誘導するプロセスは、実は非常に理性的な科学なのです。他の学問と同じように、体系的な解説が必要とされます。幼い頃に親が言ったように「趣味として適当に描けばいい」という考えでは、筆者のように抜きん出た感性や天性の審美眼があるわけではない人間が闇雲に試行錯誤しても、一生理解できないだろうと感じたのです。
基礎的な技術の不足が練習量で解決できるとすれば、画面構成に対する意識の欠如こそが、これまで納得のいく作品を描けなかった根本原因であり、「下手だと感じるのに、なぜ下手なのか分からない」という絶望的な段階から抜け出せなかった理由でした。この基本的な道理を理解するまでに、これほど長い年月がかかったことに、自分でも少し滑稽に感じます。筆者の家には、抽象芸術の啓蒙書である古くて難解な『カンディンスキー点・線・面』があり、アート理論を全く知らない人でも、彼の作品に見られる混沌と秩序の微妙なバランスを感じ取ることができます。
新たな視点が開く世界の解像度
最終的に筆者が選んだ絵画講座は、解説に重点を置いており、授業のタスクは多いものの、課題の負担は比較的少なめでした。対象の観察と帰納の方法から始まり、まるで幼稚園児に靴紐の結び方を教えるように、観察のプロセスを段階的に再現していくのです。これにより、筆者はようやく本当に「目が生えた」ような感覚を得て、この世界に対する認識がまた一つ深まったと感じています。
「観察」を分解する学び
「この小さなカーブ、この淡いグレーの面、皆さん、見てください、この一筆がどれほど美しいか!」と先生が語る。筆者はこの感覚が大好きです。特に、非常に退屈で結果重視の現実の中で、何に対しても興味や情熱を失いがちな時に、このような「何かを再認識し、再発見する瞬間」を経験することは稀です。このような瞬間を一時的にでも再び見つけられたことを、筆者はとても幸運だと感じています。
停滞を乗り越え、発見の喜びを再び
長期間、描いても「なぜか下手」という悩みを抱え、停滞していた筆者が、体系的な学習を通じて「見る」ことを学び直した体験は、趣味の追求だけでなく、日々の生活における物事の見方そのものを変えました。それは、感性だけでなく論理的に美を理解し、その背後にある「理由」を探求することの重要性を示しています。
まとめ
多忙な現代において、新しい学びを始めることは容易ではありません。しかし、中国人気ゲームメディアの編集者である筆者のように、過去に置き去りにした情熱を再燃させ、体系的な学習を通じて新たな視点を得ることは、日々の生活に彩りを与えるだけでなく、世界の解像度を高め、深い喜びをもたらします。これは、趣味の世界に留まらず、仕事や日常生活においても「なぜ美しいのか」「なぜこうなっているのか」という本質を深く探求することの重要性を示唆しています。もしあなたが今、何かに行き詰まりを感じているなら、筆者のように、これまでとは異なる角度から物事を学び直すことで、新たな発見と活力を得られるかもしれません。
元記事: chuapp












