「AIはeスポーツの試合に勝利をもたらすのか?」この問いは、現代のeスポーツ界で最も注目されるテーマの一つです。先日、中国で開催された『リーグ・オブ・レジェンド』の2025年世界大会決勝を前に、特に注目されたのが、試合の行方を大きく左右する「BP(Ban/Pick)」戦略でした。大量のデータ分析と選手・コーチの経験に基づくBPは、AI大モデルの得意分野と重なります。実際に、テクノロジー大手SAPがeスポーツの名門Team Liquidと提携し、AIを活用した画期的な戦略ツールを開発しています。本記事では、この先進的な取り組みから見えてくる、AIがeスポーツにもたらす「勝利への方程式」に迫ります。
eスポーツの戦略性とAIの可能性
近年、熱狂的な盛り上がりを見せるeスポーツ。その中でも特に『リーグ・オブ・レジェンド』のようなチーム対戦型ゲームでは、試合開始前の「BP(Ban/Pick)」フェーズが勝敗を大きく左右します。BPとは、出場するチャンピオン(キャラクター)を互いにBAN(禁止)し、PICK(選択)する戦略的な駆け引きのこと。どのチャンピオンを禁止し、どのチャンピオンを選択するかで、チームの戦術や相性が決まり、試合の展開がある程度予測できるほど重要視されています。
このBPは、プロのアナリスト、コーチ、選手たちが過去の膨大な試合データや対戦相手の傾向を分析し、さらに試合当日の選手のコンディションや相手の意表を突く奇策といった現場での判断も加味して決定されます。まさにデータ分析と人間的なひらめきの融合が求められる領域です。
そして今、「データ分析を通じて判断と結論を導き出す」という記述は、多くの人がAI大モデルを連想するでしょう。AIが多岐にわたる分野でデータ分析の成果を出していることを考えると、eスポーツチームの戦略立案、特にBPにおいて、AIが強力なサポートを提供し、より合理的で効果的な戦略、ひいては勝利に貢献できるのではないかという期待が高まっています。
SAPとTeam Liquid:AIがもたらす革新
このAIとeスポーツの融合をいち早く実践しているのが、ドイツのIT企業SAPと、eスポーツ界の老舗名門チームTeam Liquid(TL)です。SAPは主に企業の資源管理ソフトウェアやソリューションを提供する企業ですが、近年AIエージェント「Joule」を開発し、その応用を商業分野、そしてeスポーツにも広げています。
Team Liquidは25年以上の歴史を持つ大手eスポーツクラブで、『Dota 2』『リーグ・オブ・レジェンド』『CS:GO』『VALORANT』など20以上の世界トップレベルのeスポーツタイトルで活躍し、300人以上の従業員と150人以上のプロ選手を擁しています。『Dota 2』では目覚ましい成績を収め、『リーグ・オブ・レジェンド』部門もLCS(北米)地域リーグで複数回の優勝経験があります。
しかし、そんな名門チームでも、eスポーツならではの課題に直面していました。Team LiquidのパートナーシップマネージャーであるThom Valks氏は、主に以下の3つの問題を挙げます。
- 膨大なデータ処理の非効率性: 手作業でのデータ分析は時間と労力がかかり、非常に非効率的。
- 勝ちパターンの蓄積不足: 伝統的なスポーツと異なり、eスポーツは歴史が浅く、確立された勝利の方程式や戦術が不足している。
- ゲームバランスの頻繁な調整: ゲームメーカーによる頻繁なアップデートがゲームバランスを変化させ、選手やチームは常に新しいバージョンに適応する必要がある。
Thom Valks氏は「eスポーツと一般的なスポーツの最大の違いはデータです。これがSAPとの協業を始めた主な理由です」と語ります。SAPとTeam Liquidのパートナーシップは2018年にまで遡り、これまでに3つの段階を経て進化してきました。
段階的なAI戦略ツールの進化
1. 「Next Level eスポーツセンター」
最初のソリューションは、ウェブベースのアプリケーション「Next Level eスポーツセンター」でした。これは、対戦相手の常用戦術を分析し、それに基づいた自チームの戦術立案、各選手の試合準備を支援するものでした。SAPとTeam Liquidが共同開発し、Team Liquidから提供されるゲームデータに基づいて『リーグ・オブ・レジェンド』のバージョンアップに合わせて更新・改善されてきました。
2. 「AIピックバンボット」
約1年半前には、BPフェーズに特化した「AIピックバンボット」が登場。AIがTeam Liquidのチャンピオン選択を支援し、対戦相手の布陣や組み合わせに対して最適な選択肢を提示します。SAPのThomas Esser氏によると、このAIのトレーニングモデルはChatGPTと非常に似ており、選手の基礎データに基づくモデル訓練と、プロ選手のチームワークにおける戦術・プレイスタイルの分析という2段階で行われます。毎週、プロの試合データが与えられ、AIは自己更新・自己改善を繰り返します。
3. 「Joule AIエージェント」
そして今年、SAPは最新ソリューション「Joule AIエージェント」を投入しました。これはチャットボット形式で、Team LiquidのユーザーはChatGPTのように自然言語でJouleに質問し、これまでの2つのソリューションで提供されてきたデータや情報を引き出すことができます。
人材発掘と効率化への貢献
SAPはさらに、Team Liquidの人材選抜ソリューションも提供しています。SAP HANA Cloud上に構築されたスマートデータアプリケーションは、世界中のトップ6.5万人のプレイヤーの練習試合やソロランク戦のデータ(約1500万試合、2TB)を自動で取り込み、リアルタイムで分析。これにより、Team Liquidは適切な人材を迅速かつ正確に発掘できるようになり、その効率と精度を大幅に向上させています。
これらの協業を通じて、SAPはSAP HANA Cloudで1000以上の試合、1.5TB以上の過去の試合データを分析してきました。これにより、年間1万時間の人力作業時間を削減し、アナリストの人件費で年間25万ドル以上のコスト削減を実現しているとThomas Esser氏は語ります。AI大モデルがeスポーツにおいて、すでに有効な補助役を担い始めていることが明確に示されています。
AIはeスポーツをどう変えるのか?
AIの介入は、eスポーツにどのような変革をもたらすのでしょうか?現時点では、Team Liquidの選手やアナリストにとって、AIのサポートはまだ「量的な変化」の段階にあるとされています。Team Liquidの競技科学・分析シニアディレクターであるJesse Hart博士は「選手トレーニングの面で、AIが大きな変化をもたらしたわけではありません。これは長く、継続的なプロセスです」と述べます。
しかし、AIツールの効率向上効果は明らかです。Team Liquidの『リーグ・オブ・レジェンド』部門アナリシス・データ責任者のHaitham Algbory氏は、「以前はチームのプレイスタイルを分析するために数百、数千時間のビデオを見る必要がありました。AIツールは対戦相手チームの過去の特徴や傾向を自動で特定できるため、アナリストはビデオ視聴に費やす時間を減らし、より多くの時間を分析とコーチや選手へのアドバイスに充てられるようになりました」と語ります。
さらに、AIは選手やコーチが複雑な状況に迅速に対応する能力も高めています。『リーグ・オブ・レジェンド』がグローバルBP方式を採用して以降、選手のチャンピオン選択の幅は広がり、BPはゲームバージョン、戦術体系、選手の能力など多くの要素と密接に関わるようになりました。これにより、より短時間でより正確な決定を下す必要が生じています。例えば、世界大会では「連戦」があり、初日夜に試合が終わり、翌日午後には次の試合が始まります。次の対戦相手が判明してから準備を整えるまでの時間は非常に限られており、AIの迅速なデータ分析と提案が、その準備プロセスを強力に支援しているのです。
まとめ
SAPとTeam Liquidの協業事例は、AIがeスポーツの効率化にすでに大きく貢献していることを明確に示しています。膨大なデータ分析、戦略立案の補助、人材発掘、そして時間とコストの削減。これらはすべて、AIがもたらす「量的な変化」であり、チーム運営の基盤を強化しています。
現在はまだ「量変」の段階とされているAIですが、その進化は止まりません。将来的には、AIが試合中のリアルタイムな戦術提案や、個々の選手のパフォーマンス向上に直結するような「質的な変化」をもたらす可能性も十分に考えられます。eスポーツはゲームのアップデートが頻繁に行われる流動的な世界であり、AIはその変化への適応を加速させ、新たな勝ち筋を見つけるための強力なパートナーとなるでしょう。
日本国内のeスポーツチームにとっても、このような海外の先進事例から学び、AI技術の導入を検討することは、国際競争力を高める上で不可欠となるかもしれません。AIがeスポーツの「勝利への方程式」をいかに解き明かしていくのか、今後の動向に注目が集まります。
元記事: chuapp






