中国のビジネス向けコラボレーションツール市場は、激しい競争が繰り広げられています。かつてこの市場をリードしていたアリババ傘下の「DingTalk(釘釘)」は、近年ユーザー離れに直面し、競合の「Feishu(飛書)」や「WeChat Work(企業微信)」に顧客を奪われる苦境にありました。しかし、同社の創業者「無招」(本名:陳航)氏の8ヶ月ぶりの復帰後、意外な形で巻き返しの兆しが見え始めています。特に今年の「独身の日(ダブル11)」では、AIボイスレコーダー製品カテゴリでDingTalk A1がトップに躍り出ました。このAIを活用した新しい動きは、DingTalkに再び光を当てるものとなるのでしょうか?本記事では、DingTalkの復活劇の背景、中国SaaS市場の現状、そしてAI導入が抱える本質的な課題について深掘りしていきます。
中国コラボツール「DingTalk」:かつての栄光と低迷
DingTalkは、中国の企業向けコミュニケーションツールとして一時期、圧倒的なシェアを誇っていました。しかし、「無招」こと陳航氏がDingTalkを離れてから約8ヶ月、ユーザー満足度は徐々に低下し、多くの企業が競合他社へと流出していました。
特に、FeishuのCEOである謝欣氏は今年7月のメディアインタビューで、「Feishuの多次元フォームはDingTalkよりも少なくとも12ヶ月先行している」と公言し、DingTalkの技術的後れを指摘。実際に、小鵬汽車、海底撈、IMS天下秀といった有名企業が、さまざまな理由からDingTalkの利用を停止し、FeishuやWeChat Workに乗り換える動きが顕著になっていました。ユーザーからは「DingTalkは技術的な短所を補い、高価値顧客を引き戻すという現実的なプレッシャーに直面している」との声も聞かれ、「無招」氏復帰後には社内管理が厳しくなったとの噂も流れるほど、DingTalkは転換期を迎えていたのです。
AIレコーダーでまさかの逆転劇?「独身の日」での躍進
しかし、今年の「独身の日(ダブル11)」で状況は一変しました。特にプロモーションを大々的に展開していなかったにもかかわらず、DingTalk A1はAIボイスレコーダー製品カテゴリで強力なリードを築き、トップに立ちました。これにより、「ボイスレコーダー+AI」という組み合わせがDingTalkのキラーアプリとして浮上したのです。
この予期せぬ成功を受け、「一枚のボイスレコーダーがアリババのAI戦略図を埋めた」「DingTalkは3ヶ月で逆転を達成した」といった楽観的な声が社内外から上がっています。DingTalkの復活を期待する空気も高まりました。
AI戦略の光と影:DingTalkの真の課題とは?
しかし、この一時的な成功が、DingTalkが抱える全ての問題を解決したわけではありません。アリババグループは「AI優先」戦略を掲げ、DingTalkをAI To B(企業向けAI)の入り口製品と位置付けています。しかし、実際にDingTalkを深く活用している企業ユーザーでさえ、AIの導入には依然として慎重な姿勢を見せています。
北京に拠点を置くデジタル技術サービス企業「龍騰佳訊」のCOOである郭霊氏は、「AI To Bの成功事例は非常に少ない。AI大規模モデルは、企業の深いニーズを真に洞察することが非常に難しい」と指摘しています。実際の調査でも、「共同オフィス環境におけるAIの『偽ニーズ』をどのように見分けるか?」という議論が中心となっており、AIが本当に決定的な役割を果たす場所をDingTalkが見つけられているのか、共同オフィス分野でのAIのキラーアプリは何なのか、という問いは依然として残っています。
激化する中国SaaS市場:DingTalk、Feishu、WeChat Workの三つ巴
中国のコラボレーションツール市場は、DingTalk、Feishu、WeChat Workの「三つ巴」の競争が続いています。各社は異なる戦略で差別化を図っています。
- DingTalk:「プロセス中心」の設計で、企業の業務フロー効率化を重視。
- WeChat Work:「顧客中心」の設計で、企業と消費者、そしてサプライチェーンの接続を強化する「スーパーコネクタ」としての役割を担い、顧客運営を活性化。百果園、泡泡マート、周大福などの販売型企業に支持されています。
- Feishu:「ナレッジワーカー中心」の設計で、「スマート会議」や「多次元フォーム」といった高効率なコラボレーションツールを提供し、企業の内部知識蓄積を支援。Xiaomiや小鵬汽車のような知識集約型企業に選ばれています。
近年、FeishuとWeChat Workはそれぞれ独自のキラーアプリを確立していますが、DingTalkは長い間「機能の数」にこだわりすぎ、企業ユーザーが本当に重視する「確実な結果」を提供できていませんでした。かつてCtoCソーシャル市場に参入し、「DingTalkサークル」「職場人脈」といった機能をリリースしたこともありましたが、ソーシャル基盤の不足から成功せず、形骸化した機能として残るのみでした。
まとめ
DingTalkのAIボイスレコーダーによる躍進は、低迷していた中国のコラボレーションツール市場における同社の存在感を再び高めるきっかけとなるかもしれません。しかし、企業向けAIソリューションの導入は依然として難しく、真の価値提供のためには企業の深いニーズを理解し、「偽ニーズ」を見極める洞察力が不可欠です。DingTalkが今後、AIを活用してどのように市場での地位を確立し、競合との差別化を図っていくのか、その戦略と実行が注目されます。
日本のSaaS市場やAI導入を検討している企業にとっても、中国の巨大テック企業が直面しているこれらの課題と戦略は、示唆に富むものでしょう。表面的な機能の多さだけでなく、ユーザー企業が本当に求める「確実な結果」に焦点を当てたAIソリューションの提供こそが、今後のビジネス成功の鍵を握るのではないでしょうか。
元記事: pedaily
Photo by Mikael Blomkvist on Pexels












