大人気サンドボックスゲーム『Minecraft』の中国版で、驚くべきサクセスストーリーが生まれています。2019年、当時19歳だった楊sir(ヤン・サー)氏が、エアコンもない実家の部屋で始めたモジュール開発が、7年後には杭州に拠点を置く有名開発スタジオ「レッドストーンカンパニー」へと成長しました。わずか数千元の収益から始まり、今や10人体制の企業となった彼らの軌跡は、中国におけるゲーム開発エコシステムの活況を象徴しています。本記事では、一人の若者の情熱が、いかにして大きなビジネスへと結実したのか、その物語を深掘りします。
Minecraft中国版の黎明期に飛び込んだ若き開発者
エアコンなしの部屋から始まった夢
2019年の夏、19歳の楊sir氏は夏休みを利用して河南省平頂山市にある実家に戻っていました。そこで彼が没頭したのは、『Minecraft』中国版のモジュール(Mod)開発です。夏の故郷は蒸し暑く、自身の部屋にエアコンがなかったため、楊sir氏はパソコンを両親の部屋に運び込みました。両親が隣で眠る中、彼は夜な夜なコードを書き続け、しばしば深夜2時、3時を回ることもあったといいます。
農村部の両親には、息子がパソコンに向かって何をしているのか理解できませんでした。「毎日パソコンにかじりついているだけでお金が稼げるのか」と訝しむ両親に対し、楊sir氏は「これは正当なゲーム市場なんだ」と熱心に説明したそうです。彼の情熱は、周囲の理解を超えて燃え上がっていました。
モジュール(Mod)開発で得た初の成功体験
当時、『Minecraft』中国版のモジュールストアは開設されたばかりで、開発者の数はまだ多くありませんでした。このチャンスを捉えた楊sir氏は、「連鎖採掘」や「ゴジラ生物」といった比較的小規模なモジュールを開発し、リリースします。すると、なんと一つの夏休みで数千元(当時のレートで数万円程度)もの収入を得ることができたのです。この予想外の成功が、楊sir氏のその後のキャリアと人生を、全く想像もしなかった方向へと導くことになります。
「レッドストーンカンパニー」の誕生と成長
たった数年で10人体制の有名スタジオへ
それから7年後の現在、楊sir氏は杭州(こうしゅう)に自身の会社を設立しました。その名も『Minecraft』中国版デベロッパーの間では知らぬ者のない有名モジュール開発スタジオ、「レッドストーンカンパニー(紅石公司)」です。継続的なアップデートと運営努力により、チームは楊sir氏を含め10人規模へと成長しました。情熱を共有する仲間とともに、彼はかつてのエアコンなしの部屋から始まった夢を、現実のビジネスへと昇華させたのです。
進化する中国版Minecraftデベロッパーエコシステム
「レッドストーンカンパニー」が成長を遂げた7年間は、『Minecraft』中国版のデベロッパーエコシステム自体にも大きな変化が生まれた時期でもあります。楊sir氏のような先駆者たちの成功に触発され、より多くの開発者がこのエコシステムに参加し、そこから収益を得るようになりました。それに伴い、モジュールの数も質も飛躍的に向上。中国版の公式運営チームも、持続的なエコシステムの構築と支援に力を入れています。
まとめ:中国ゲーム市場の底力と個人開発者の未来
楊sir氏と「レッドストーンカンパニー」の物語は、中国におけるゲーム市場の底力と、そこに秘められた個人開発者の無限の可能性を雄弁に物語っています。特に『Minecraft』のようなプラットフォームは、創造性と技術力さえあれば、どんな場所からでも世界に通用するビジネスを立ち上げられることを証明しました。これは、日本を含め世界中のゲーム開発を目指す若者たちにとって、大いなる刺激となるでしょう。
彼らの成功は、単なる一企業の成長に留まらず、中国のゲームエコシステム全体を活性化させる原動力となっています。今後も、「レッドストーンカンパニー」のような企業が、どのような革新的なモジュールやサービスを生み出し、コミュニティをさらに豊かにしていくのか、その動向から目が離せません。
元記事: chuapp
Photo by Nathan b Caldeira on Pexels












