中国の巨大テック企業間で、AI分野の人材獲得競争が激化しています。このたび、アリババのAI大規模言語モデル「Qwen(千問)」の開発を牽引してきた中心人物である郁波文(ユー・ボーウェン)氏が、TikTokなどを運営するByteDance(バイトダンス)に移籍したことが明らかになりました。この動きは、アリババ社内で進む大規模な組織再編と連動しており、中国AI開発の最前線で何が起こっているのか、日本の読者にとっても非常に興味深いニュースと言えるでしょう。
アリババAIの俊英、ByteDanceの「Seedチーム」へ
元アリババ通義実験室の「Qwen(千問)」大規模モデルのファインチューニング責任者であった郁波文(ユー・ボーウェン)氏は、正式にByteDanceへ加入しました。同氏が担当するのは、ByteDanceのAI研究開発の中核部門である「Seedチーム」において、視覚モデルおよびマルチモーダルインタラクションチームのファインチューニング責任者という重要なポストです。この情報は関係者筋からのリークであり、ByteDanceからの公式コメントはまだ発表されていません。
ByteDance「Seedチーム」の強力な布陣
Seedチームは、ByteDanceのAI戦略を担う要衝であり、その責任者には万永輝(ワン・ヨンフイ)博士が就任しています。万博士は、元Google DeepMindの研究副総裁を務め、あの有名な大規模モデル「Gemini」の開発にも深く関与した業界屈指のAI研究者です。彼は2025年2月にByteDanceに正式に加わり、Seedチームを率いてByteDance CEOの梁汝波(リャン・ルーボー)氏に直接報告する体制を敷いています。
今回加入した郁波文氏もまた、学術・技術の両面で深い専門知識を持つ人物です。中国科学院情報工程研究所を卒業後、自然言語処理(NLP)と情報抽出の研究に注力し、ACLやEMNLPといった国際的なトップカンファレンスで数多くの論文を発表してきました。2022年にはアリババの若手人材育成プログラム「アリババスター」を通じて達摩院(ダーモーイン/Damo Academy)に加わり、卓越した技術力でQwenチームの核心メンバーへと急速に成長。QwenシリーズのChatモデル開発を主導し、大規模モデルのファインチューニングやマルチモーダルアライメントにおいて豊富な経験を積んできました。
アリババAI部門の相次ぐ離職と大規模再編
郁波文氏の離職は、アリババ通義Qwenチームの組織構造再編と密接に関連しています。今年3月4日には、Qwenチームのコア責任者であった林俊暉(リン・ジュンフイ)氏がSNSで辞任を発表し、外部からのチーム変動への注目を集めました。同日には、郁波文氏だけでなく、研究員の李凯新(リー・カイシン)氏と惠炳原(フイ・ビンユエン)氏も相次いで離職を発表しています。
李凯新氏がコメント欄で明らかにしたところによると、Qwenチームは当初シンガポールに技術拠点を設立する計画があったものの、林俊暉氏の離任に伴いこの計画は棚上げになったとのことです。こうした一連の人材流出は、アリババAI部門の構造的な変化を示唆しています。
「通義」から「千問」へ:アリババのAIブランド統一戦略
近年、アリババはAI応用分野におけるブランド再編を頻繁に行ってきました。名称が「通義千問」から「千問」へと変更された背景には、アリババ内部の事業統合があります。2024年12月には、アリババ傘下のAIアプリケーション「通義」がアリババクラウドから分離され、「アリババインテリジェントインフォメーション事業群」に編入されました。
さらに2025年12月には、「千問C端事業群」が設立され、アリババグループ副総裁の呉嘉(ウー・ジア)氏がその責任者を務めることになりました。この事業群は、以前のインテリジェントインフォメーションとインテリジェントコネクテッドの二つの事業群を統合・再編したもので、Qwenアプリ、Quark(クアーク)、AIハードウェア、UC(ユーシー)、書旗(シューチー)といった多様なサービスを含んでいます。
そして2026年3月2日、アリババグループはAIの総称とコアブランドを「千問(Qwen)」に統一すると発表しました。中国語では「千問大模型」、英語では「Qwen」とすることで、これまで複数の名称が混在していた状況を整理し、ブランドの明確化を図っています。これに伴い、「通義実験室」はアリババグループ傘下のAI機関の組織名称として位置づけられることになりました。
まとめ
アリババのAI部門は、主要人材の流出と大規模な組織再編という激動の中にあります。一方、ByteDanceは強力なAI研究者を引き入れ、その競争力をさらに強化しているようです。AI分野への投資は中国全体で活発化しており、2026年の春節前後だけで多くのインターネット企業が合計80億元(約1700億円)以上を投資したと報じられています。
iOSアプリストアのランキングでも、Qwen、Ant Fortune(アント・フォーチュン)、Doubao(ドウバオ)といったAIアプリが次々とトップに立つなど、中国国内のAI市場は熾烈な競争を繰り広げています。こうした中国テック企業の動きは、グローバルなAI開発競争にも大きな影響を与えるため、日本企業や技術者にとっても、その動向から目が離せません。特に、大規模言語モデル開発における人材の流動は、今後の技術トレンドを占う上で重要な指標となるでしょう。
元記事: pcd
Photo by Matheus Bertelli on Pexels












