中国の食文化に深く根ざした豚肉。その中でも「豚肉の貴族」と称される「栄昌豚(ロンチャンとん)」をご存知でしょうか? 世界八大名豚の一つであり、中国三大地方豚種の筆頭に挙げられるこの高級豚肉を、単なる食材に留まらず、国家戦略資源として守り育て、一大産業へと昇華させようとしているのが、琪金グループ創業者、林其鑫(リン・チーシン)氏です。
全国人民代表大会代表、全国十佳農民といった数々の肩書きを持つ林氏は、「豚で財を成した以上、栄昌豚の保護は私の責任だ」と語ります。数億元を投じてでも伝統品種を守り抜くというその決断は、一見するとビジネスの枠を超えた「義理」のようにも見えますが、その背後には、現代ビジネスの潮流を読み解いた精緻な戦略がありました。今回は、彼の描く壮大なビジョンと、その実現を支える革新的なビジネスモデルに迫ります。
「豚肉の貴族」栄昌豚、危機を乗り越え「西部種の核心」へ
ブランド価値が55.95億元(約1,100億円)と評価される栄昌豚は、中国の食肉市場で「高嶺の花」としてその地位を確立してきました。林氏はこの伝統的な生豚産業に、差別化戦略で挑む機会を見出したのです。
彼は栄昌豚を「豚肉の貴族」と位置づけ、市場を高級品、中級品、低級品の3つに分類。中国全体の高級豚肉市場が年平均7〜9%の成長を見せる中、有機豚肉や地方特色豚種といったニッチな分野では15%以上の成長率を記録しており、これが栄昌豚の高付加価値戦略の強固な基盤となっています。林氏によれば、過去7年間、栄昌豚の価格は「豚肉サイクル(価格変動)」の影響をほとんど受けることなく、安定しているとのこと。これは、近年続く豚肉市場の「冬の時代」において、極めて珍しいデータと言えるでしょう。
2018年、林氏が栄昌豚の全産業チェーンへの投資を決断した際、業界内では懐疑的な見方が多数を占めました。当時の中国は激しい豚肉サイクルの変動期にあり、さらにアフリカ豚コレラの流行が追い打ちをかけていたからです。しかし、彼は「生産能力過剰の時代において、品質とブランドこそが持続的な競争優位性を確立する唯一の方法だ」と確信していました。確かに2019年から2023年にかけては赤字を計上しましたが、林氏はこれを「戦略的投資に必要な代償」と捉え、品種保護は公益事業であると同時に、企業の長期的な投資だと強調します。実際、琪金グループは西南地域で唯一となる高水準・スマート化された栄昌豚資源保護場を建設するなど、保種・育種に巨額を投じてきました。
17年にわたる創業の軌跡を振り返り、林氏は成功の秘訣を「責任」という二文字に集約します。国家の重要な戦略資源である貴重な豚種を守り抜くこと。彼の計画では、2035年までに栄昌豚の出荷規模を300万頭に拡大し、中国の地方豚種のベンチマーク企業となることを目指しています。この目標の背後には、産業発展に対する深い洞察と、全国人民代表としての地方創生への強い使命感が宿っています。
垂直統合の芸術:牧場から食卓までを一貫
現代の生豚産業では、サプライチェーンの垂直統合が進んでいます。特に2021年以降、業界の重心は「資源の掌握」から「顧客への密着」へと大きく転換しているとされます。このトレンドの中、琪金グループは、保種選育から養殖、屠殺加工、販売配送までを網羅する、野心的な「全リンク閉鎖型」サプライチェーンを構築しました。
緻密な垂直統合モデル
- 保種・育種(上流):西南地域で唯一の高水準スマート化された栄昌豚資源保護場に投資。600頭の繁殖母豚を飼育し、年間13,000頭の子豚を生産する設計で、2022年には「国家生豚核心育種場」に認定されました。
- 養殖(中流):栄昌、武隆、綦江などに11の純粋な土豚養殖基地を自社建設し、年間31万頭の栄昌豚を生産。さらに、農家と密接な協力関係を築く「六統一」モデルを導入。リスクを共有し、収益を分かち合うことで、生産能力を拡大しつつ、農家の収入増にも貢献しています。
- 加工・配送(下流):2つのA級屠殺場を拠点に、年間50,000トン以上の豚肉を生産。自社でコールドチェーン物流システムを構築し、「牧場から食卓まで」一貫した品質を保証しています。
この全産業チェーン統合により、琪金グループは重慶市の豚肉小売業界で「三国志の一角」を占めるほどの勢力となり、最多の専門店網を持ち、市場販売量でもトップを走り続けています。林氏は、「この全チェーン管理が、コスト管理における独自の優位性を与えている」と語ります。また、注目すべきは「以商養種(ビジネスで種豚保護を支える)」という資金戦略です。璧山工場や琪泰食品科技産業パークでの屠殺・精加工プロジェクトから生まれる安定したキャッシュフローが、栄昌豚の保種・育種活動に継続的に還元されているのです。「これは単なる事業の組み合わせではなく、短期的なキャッシュフローと長期的な価値の戦略的バランスです」と林氏はその妙を説明します。
全チャネル時代のブランド確立と未来への挑戦
単なる生肉販売の限界を認識した林氏は、深加工製品への転換を強力に推進しています。これは業界トレンドとも合致する動きで、大手企業の財務データによると、深加工製品の粗利益率は25〜35%であるのに対し、生肉は5%未満と、大きな差があります。琪金グループは、餃子、肉まん、ランチョンミート、ソーセージの4大カテゴリーに注力し、「爆発的ヒット商品」の創出を目指しています。
さらに重要なのが、「牧場から食卓まで」の全工程追跡システムの構築です。林氏は「すべての豚肉に『デジタル身分証』を付与し、消費者が安心して食べられるようにする」と強調。このシステムは、ブランドに対する信頼の揺るぎない礎となっています。
消費市場の多様化に対応するため、林氏は単一チャネルの粗暴な拡大ではなく、「全シナリオチャネルマップ」という精密な戦略を描きました。その核は、顧客層の細分化とチャネル間の相互補完にあります。
- 高所得者・若年層向け:品質と体験を重視するホワイトカラー層は、Sam’s ClubやHema Fresh(盒馬鮮生)などの会員制ストアや高級スーパーへ。これはブランド力を示すと共に、高感度な顧客層への直接アプローチとなります。
- 日常利用・主婦層向け:家庭の食卓を担う「おばさん」層は、地域密着型の専門店の利便性を強く求めます。これらは「自宅のすぐそば」という利点で、高頻度の日常消費を確実に捉えます。地域密着型店舗と大型スーパーの相互補完により、ブランドは幅広い層にアプローチしています。
- オンラインチャネル:京東(JD.com)、天猫(Tmall)、抖音(Douyin/TikTok)といった主要ECプラットフォームを中核とし、将来的にはタオバオ(Taobao)のフラッシュセールにも参入を計画。これにより、「いつでもどこでも」という高次元の消費ニーズに応え、オンラインでの販売網を完成させます。
この立体的な販売ネットワークは、潜在顧客を最大限にカバーするだけでなく、変動の激しい市場環境において安定した販売基盤を構築し、ブランドの付加価値と長期的な成長への道を切り開きます。
研究開発面では、自社チームと重慶市畜牧科学院、国家生豚技術革新センターとの共同研究を推進し、「琪金・栄昌豚全産業発展研究院」を設立。表現型測定や遺伝子検査などの先進技術を導入し、種豚の成長性能と肉質の協調的改良における技術的課題を克服しようとしています。
数々の実績を上げながらも、林氏は課題を明確に認識しています。「酒の香りが良くても、路地の奥では知られにくい」という中国のことわざのように、製品は高い評価を得ているものの、ブランドの「知名度」と「評判」がまだ完全には一致していないと語ります。この壁を打ち破るため、琪金グループはデジタルメディアでの精密なマーケティングに加え、CCTV(中国中央電視台)のような国民的プラットフォームでの露出も視野に入れ、地域ブランドから全国ブランドへの飛躍を目指しています。
さらに、コストコントロールも今後10年の重要課題です。2035年までに栄昌豚の単位養殖コストと一般的な外来白豚との差を15%以内に抑えることを目標としており、育種改良と運営最適化を通じてこれを実現する計画です。
まとめ:中国農業の未来を切り拓く「豚肉界のファーウェイ」
30年前に豚肉との縁を結び、今や全国人民代表大会代表、そして国家級ハイテク企業のトップとなった林其鑫氏の創業史は、ある意味で中国の伝統豚種産業の復興史そのものです。彼は単なる「農民企業家」であることに満足していません。目指すのは、「豚肉界のファーウェイ」です。技術力、ブランド価値、そして市場での発言力を持つ、中国民族豚肉産業のモデル企業。「私たちは大衆市場の追随者ではなく、土豚カテゴリーのナンバーワンを目指す」という彼の言葉には、揺るぎない自信と挑戦への情熱が込められています。
この道は決して平坦ではありません。しかし、栄昌豚を「評判は良いが、なかなか手に入らない」という状態から、多くの人々に愛されるブランドへと昇華させる彼の挑戦は、中国の地方創生と伝統産業の現代化を示す象徴的な事例となるでしょう。これは、日本の食品産業や地域ブランド戦略にとっても、多くの示唆に富む動向と言えます。中国の食文化と産業の未来を担う林其鑫氏と琪金グループの今後の発展から目が離せません。
元記事: kanshangjie
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