中国で今、アニメやゲームのキャラクターと「デート」できるサービス「Cos委託」が急速に広がりを見せています。これは、依頼主が費用を支払い、コスプレイヤー(委托老师)が指定のキャラクターになりきり、現実世界で一日を共にするというユニークな体験です。特に国産乙女ゲームの男性キャラクター人気が高く、その多くは感情豊かな女性たちによって支えられています。今回、2年間にわたり「Cos委託」のCoserを務めた2000年代生まれの小凌さん(仮名)が、この活動から離れた理由と、その中で感じた喜び、そして痛みを明かしてくれました。虚構と現実、感情とビジネスが複雑に絡み合う「Cos委託」の舞台裏に迫ります。
「Cos委託」とは?中国で広がる新しいロールプレイング体験
キャラクターと出会う夢を叶えるサービス
「Cos委託」とは、中国で急速に広まっている新しい形のロールプレイング体験です。具体的には、「単主」(依頼主)と呼ばれるお客様が費用を支払い、「委托老师」(Coser)と呼ばれるコスプレイヤーに、アニメやゲームの指定キャラクターになりきってもらい、オフラインで「デート」のような活動を行うサービスを指します。この活動はコスプレから派生していますが、単なるキャラクターになりきるだけでなく、より深く、現実世界での交流に重きを置いているのが特徴です。
多くの「Cos委託」が生まれる背景には、依頼主が特定のキャラクターに対して深い愛情を抱き、「現実世界でそのキャラクターと出会いたい」という強い願望があります。この心理から、特に中国国産の乙女ゲーム(国乙)に登場する男性キャラクターへの「Cos委託」の需要が高い傾向にあります。キャラクターへの理解度や、双方の安全確保のため、この活動に深く関わるのは、依頼主もCoserもほとんどが女性です。
今回お話を伺ったのは、2000年代生まれの小凌さんです。彼女は国乙ゲームのプレイヤーであると同時に、約2年間、兼業で「委托老师」を務めていました。彼女は最近、この「業界」から身を引きましたが、その決断に至るまでの2年間で感じたこと、そして「Cos委託」を辞めることになった理由について、赤裸々に語ってくれました。
「理想の彼」との再会、そしてCoserの葛藤
繰り返される「感動のフィードバック」の裏側
「Coserを辞めたばかりの頃、依頼主の方から送られてきたWeChatメッセージに、私は複雑な気持ちになりました」と小凌さんは語ります。そのメッセージには、次のような言葉が綴られていました。「(キャラクター名)、これは簡単な感想レポートです。私は口下手なので、心の中の多くの感情をどう表現していいか分かりません。私の口下手さを気にしないでくださいね!彼を私の元に連れてきてくれて本当に感謝しています、とても幸せです。あなたの素顔も優しくて可愛らしい方だと分かります。帰りの地下鉄で思わず泣いてしまいました、ずっと覚えています……」
こうした感動的な「Repo」(フィードバック)は、数十人もの依頼主から受け取ってきたと小凌さんは言います。返信は簡単でした。どのように褒め、どのように相手の感情を慰めるか、それは彼女にとって慣れた作業だったからです。しかし、送信ボタンを押すことは、彼女にとって非常に困難な行為でもありました。
「依頼主の方に比べて、私の本当の感情はそこまで『高揚』していませんでした。返信で頻繁に使う『可愛いね』『大好きだよ』といった言葉は、ほとんどが定型文のようなもので、私の本当の気持ちではありません。これらの言葉を使いすぎると、自分がカスタマーサービスのオペレーターのように感じてしまうんです」。
依頼主は恐らく気にしないだろう、と彼女は思っていました。これらの言葉は感情がこもっているように見え、まさか自分が多くの人に同じようなことを言っているとは想像もつかないでしょう。しかし、小凌さんはそこで立ち止まってしまうのです。
「別れる前に、彼女が抑えつつも少し強く抱きしめてくれた重みが、まだ体に残っているようでした。そんな状況で、軽い気持ちで返信することはできません。私は当日の『デート』の細部を必死に思い出し、できるだけ真実で、しかし相手を失望させないような返信を書き、そしてその感情から素早く抜け出し、自分の日常生活へと切り替えるようにしていました。このプロセスは言うほど簡単ではなく、多くの場合、私は心底疲れ果てていました」。
「私ならもっとできる」Coserへの挑戦
小凌さんが「Cos委託」という言葉を初めて耳にしたのは、2022年頃のことでした。中国版Instagramとも呼ばれるSNS「小紅書(RED)」で、ゲームの男性キャラクターに扮した美しい女性と依頼主が手を取り合っている写真が目に留まります。当初はコスプレイヤー同士の交流だと思っていたものの、同様の投稿が増えるにつれ、それがプロのサービスであることを知りました。
「私は昔から乙女ゲームをプレイしていました。二次元と三次元ははっきり区別するタイプで、例えば李澤言のようなキャラクターが好きで、彼と恋愛する感覚も好きですが、新しいカードが出るたびに『あの男(キャラ)がまた私から金を巻き上げようとしてる』と冗談めかして愚痴をこぼしたりすることもありました。ほら、私の中では、彼は常にゲームと結びついていたんです。彼の姿が現実の人間になってそばに現れるなんて幻想は抱いていませんでした。しかし、多くの依頼主が美しい体験を共有しているのを見て、私も心を動かされました。今まで想像もしなかった体験で、試してみたいと思ったんです」。
初めての「Cos委託」は、小紅書で見つけたCoserに依頼しましたが、結果は最悪でした。事前のコミュニケーション不足から、ぎこちない時間となり、「恋人らしさ」どころか、通常の会話すらままなりません。「お金を無駄にした」という悔しさが残った小凌さんは、その経験を振り返るうち、ある考えに至ります。
「もし私だったら、もっとうまくできるはずだ。なぜ自分でCoserをやってみないのだろう?」。
小凌さんには自信がありました。アマチュアでメイクの経験があり、身長が高く、シャープな顔立ちが男性キャラクターのコスプレに適している。国乙のストーリーにも精通しており、キャラクターを演じることも問題ないだろうと考えました。また、「お世辞上手な性格」であり、他人に共感しやすいとも感じていました。
それから約半年、彼女は小紅書でコスプレ写真を投稿しながら、「初心者Coserのための注意点」などの情報収集を続け、独自のメモに30~40項目ものポイントを書き溜めました。そして、ついに依頼主からのメッセージを受け取ったのです。
「3つの魂」の共存:虚構と現実の狭間
初めての依頼では、小凌さんは相手のプロフィールを隅々まで確認し、フィーリングが合うか直感的に判断してから引き受けました。デートの前夜、依頼主から「彼氏の雰囲気やキャラクターの雰囲気を出すことはできますか?」と尋ねられ、小凌さんは快諾。さらに、お互いの身体的接触の許容範囲も確認し、「手をつなぐことやハグはOK、キスはNG」と合意しました。
しかし、待ち合わせからしばらくして、小凌さんは「彼氏」を演じ続けることに限界を感じ始めます。「常に、どうすれば男主角らしく振る舞えるか考え続けなければなりませんでした。現実世界には監督が『カット!』と叫んでくれるわけではなく、自分の演技が正しいかどうか判断する余裕もありませんでした」。
午後のティータイム中、依頼主から「もし旅行に行くなら、私をどこに連れて行きたい?」という「真心話大冒険」(Truth or Dare)の質問が出ました。その瞬間、小凌さんはこの問いの「正解」が、自分が準備していなかったゲームのマイナーなカードストーリーに隠されていることに気づきます。完全に言葉に詰まり、授業中に先生に当てられ、答えが分からない生徒のようでした。
「どれくらい沈黙していたか覚えていません。テーブルの上のグラスをじっと見つめ、彼女の顔を見ることができませんでした。笑顔は保っていましたが、テーブルの下では爪が肉に食い込んでいました。もう終わりだ、と思いました」。
しかし、意外なことに、依頼主の方がその気まずさを解消してくれました。それまで「小さな彼女」のように振る舞い、まるで目の前に本当に男主角がいるかのように接していた彼女が、こう言ったのです。「もしかして西安?以前、また行きたいって言ってたの覚えているけど」。
小凌さんと依頼主は西安について話したことはありませんでした。しかし、小凌さんの小紅書には、以前西安へ旅行した際の投稿があったのです。西安はゲームの男主角とは関係なく、依頼主は小凌さんに「助け船」を出してくれていたのでした。小凌さんは彼女の言葉に乗り、西安での旅行体験を語り、相手の表情から気持ちを推測しようとしました。小凌が「世界が終わった」と感じていたのとは対照的に、依頼主は驚くほど穏やかでした。
デート後すぐに届いたRepoには、小凌さんが心配していたような不満は書かれていませんでした。むしろ、「男主角をこんなにもリアルに演じてくれて感謝します、まるで本当にそばにいるようでした」と記されていました。しかし、このRepoによって小凌さんの挫折感が薄れることはありませんでした。
彼女は二つの事実を痛感しました。一つは、いくら自分が「信頼できる」Coserだと思っていても、男主角を60%似せることすら難しいということ。もう一つは、委託の現場には「依頼主、男主角、そして私」という3つの魂が必然的に共存し、どんなに「私」の存在を圧縮しようとも、二次元キャラクターと三次元の人間がデートするという理想的なシナリオは実現できないということでした。
「Cos委託」の体験は、Coserと依頼主という二人の生身の人間によって共に創造されるものであり、現実世界における人間同士の関係性が大きく影響すると、小凌さんは結論付けたのです。
「Cos委託」が示す、次世代エンターテイメントの可能性
順調なスタートではなかったものの、小凌さんはこの兼業を諦めませんでした。本業が比較的暇だったこともあり、毎月2〜3件、時にはそれ以上の依頼をこなし、副収入を得ていました。それ以上に、「Cos委託」を通して「男主角」のイメージを創り上げていく過程は、彼女にとって同人創作(ファン活動)のような楽しさがあったと言います。
この感覚は、小凌さんだけのものではないかもしれません。依頼をこなすうちに、彼女は「姉妹」と呼び合い、メイク術やウィッグの手入れについて語り合ったりする特殊な依頼主にも出会いました。彼女たちにとって、もはや「デート」というよりは、民宿を借りてキャラクターになりきり、動画を撮ったり踊ったりする「オフ会」のような「団建」(チームビルディング)活動に近いものだったのです。
小凌さんが経験した「Cos委託」の世界は、バーチャルとリアルの境界線が曖昧になる現代において、多くの示唆を与えてくれます。キャラクターへの深い愛情を現実世界で体験したいという欲求は、日本のアニメ・ゲームファンにも共通するものでしょう。中国で生まれたこのユニークなサービスは、単なるビジネスとしてだけでなく、ファンコミュニティの新しい形、そして感情と自己表現の場として、今後も進化を続ける可能性を秘めていると言えるのではないでしょうか。
私たちは、小凌さんの話を通して、テクノロジーが進化し、人々の趣味や交流の形が多様化する中で、エンターテイメントのあり方がどのように変化していくのか、その一端を垣間見ることができました。この「Cos委託」が、日本のコンテンツ市場やファン文化にどのような影響を与えるのか、今後の動向が注目されます。
元記事: chuapp
Photo by Danilo Duarte Fotografia on Pexels