ゲームの物語性とその質は、プレイヤーの体験を大きく左右します。しかし、その脚本の現状に対し、警鐘を鳴らす人物がいます。数々の著名な叙事ゲームを手掛けてきたinkleスタジオの共同創設者、ジョン・インゴルド氏です。彼は、多くのゲーム脚本が「空虚」であると指摘し、中には「大げさで難解」なものもあると語ります。さらに、高い評価を受けるRPG『極楽ディスコ』に対しても「冗長で退屈」と異論を唱え、その真意と、彼が提唱する「文章は修繕のプロセス」という独自の執筆論に迫ります。
有名脚本家が語る「ゲーム脚本の空虚さ」と『極楽ディスコ』への異見
ゲームの脚本家として確固たる地位を築くジョン・インゴルド氏は、その批評的な視点でも知られています。
多くのゲームが抱える物語の課題
インゴルド氏がまず指摘するのは、多くの電子ゲームの脚本が持つ「空虚さ」です。彼は、まるで中身がないかのように大げさで、時に理解しがたい表現に満ちた脚本が多いと感じているようです。これは、小規模な開発スタジオでは専任の脚本家を雇うことが少なく、開発者が「技巧的な芸術表現」として文章を捉え、「研究と練磨が必要な技術」と認識していない点に起因すると分析します。
高評価RPG『極楽ディスコ』への辛辣な批評
さらにインゴルド氏は、高い評価を受け、文学的とも評されるRPG『極楽ディスコ』についても言及しました。彼は「テキスト量は膨大だが、あまりにも冗長で退屈極まりない」と辛辣な言葉を投げかけます。具体例として、ゲーム序盤で「呼吸の描写に20分も費やしている」点を挙げ、これは泥酔から目覚め、記憶喪失に陥った探偵のモノローグを指しています。この意見が物議を醸すことを承知の上で、彼は「これは私が読んだ中で最高の作品ではない。テキストの質は悪くないが、もっと良くできるはずだ」と、自身の信念を貫く姿勢を見せました。
ジョン・インゴルドの考える「物語の力」と業界への提言
インゴルド氏自身の執筆哲学と、ゲーム業界全体への示唆を見ていきましょう。
「文章は修繕のプロセス」:その独自性
インゴルド氏にとって、執筆とは「修繕のプロセス」です。「紙に言葉を書き出し、その断絶を見つけ、一つずつ物語の糸を紡いでいく」と語ります。ケンブリッジ大学で数学を学んだ彼の思考は、ロジカルかつ多角的です。短い文章を好み、対話中心のスタイルを得意としながらも、詩的な表現から庶民的な言い回しまで、幅広い文体を自在に操ります。例えば、SF考古学ゲーム『Heaven’s Vault』のあるエンディングでは、「財産も、名声も、恐怖も、永遠には存在しない」と、無常観を詩的に表現しています。
彼はまた、舞台劇の演技が持つ「張力とリズム」が、ゲームの文章にも宿るべきだと主張します。俳優の動き一つ一つが物語を動かし、観客に緊張感を与えるように、ゲームの言葉も同様の効果を持つべきだというのです。しかし、現状ではこれらの重要な側面が「ほとんど議論されていない」と嘆きます。
アルゴリズムに翻弄される業界への警鐘
インゴルド氏は、現代のゲーム業界が抱える課題にも言及します。ゲームの人気が必ずしも品質だけではなく、有名ストリーマーの意見やSteamのアルゴリズムに影響される現状を憂慮。特にインディーゲームが突破口を見出すのが難しいとし、「Steamは毎月ルーレットを回し、突然勝者が生まれる」と表現します。そして、「突然皆が『Palworld』をプレイするようになる。開発チームでさえ、なぜヒットしたのか分からないだろう」と、予測不能なヒット作の背後にある「運」の要素と、それによる模倣の連鎖に警鐘を鳴らしました。
inkleスタジオの挑戦と未来への展望
2011年に設立されたinkleスタジオは、苦難を乗り越え、今や叙事ゲームの旗手としてその名を轟かせています。
数学的思考が紡ぐ物語
ジョン・インゴルド氏は、共同創設者のジョセフ・ハンフリー氏と共に、2011年にinkleスタジオを設立しました。当初は厳しい財政状況にあり、冬には手袋をしてタイピングするほどだったといいます。しかし、ジュール・ヴェルヌの小説を基にした『80 Days』、文字アドベンチャー『Overboard!』、スパイアドベンチャー『Over the Alps』などの傑作で英国作家協会賞を3度受賞し、今では自由に創作できるほどの経済力を手に入れています。彼の執筆プロセスは、数学的背景に裏打ちされた「トップダウン、ボトムアップ」のアプローチが特徴です。目標(魅力的な対話、キャラクター関係の発展)と具体的な言葉が「混沌とした形で」出会い、その問題を解決していく過程を「数学的証明のよう」だと語ります。
プレイヤーの「知性」を信じる物語体験
『Her Story』などで知られるサム・バーロウ氏も、インゴルド氏の文章を「簡潔で豊か、そして心に響く」と絶賛。「彼らのゲームは文学的でありながら、プレイヤーの知性を心から尊重し、大きな見返りを与えてくれる」と評価します。一般的な選択肢ベースのゲームが「煙幕」のような無意味な選択肢が多い中、inkleのゲームはプレイヤーの自己表現に応じて物語が真に変化する点で「より野心的」だと指摘しました。
インゴルド氏は、自らが手掛けたローグライクゲーム『Pendragon』が、ブレグジットへの怒りから生まれた作品であることを明かし、自身の感情が創作の源となることも語っています。inkleスタジオは、近年も『A Highland Song』、『The Forever Labyrinth』(Google共同開発)、そして2025年3月発売の『Expelled!』といった新作を精力的にリリースしており、その物語への飽くなき探求は続いています。
まとめ
ジョン・インゴルド氏の言葉は、単なるゲーム批評に留まらず、ゲームというメディアにおける「物語のあり方」そのものへの問いかけです。彼の提唱する執筆哲学や、アルゴリズムに支配されがちな現代ゲーム業界への警鐘は、日本のゲーム開発者にとっても深く考えるべき示唆に富んでいます。プレイヤーの知性を尊重し、本当に物語が分岐する体験を提供するinkleスタジオの挑戦は、今後もゲームの新たな可能性を切り拓いていくことでしょう。ゲームの物語が、いかに複雑で奥深く、そして力強いものになり得るか。その答えを、inkleスタジオの作品とインゴルド氏の思想から見出すことができるはずです。
元記事: chuapp
Photo by Markus Winkler on Pexels












