中国のゲーム開発会社「胖布丁(ファットプディング)」が、元従業員からの性ハラスメント黙認とパワハラの告発により、SNSで炎上。その後、名誉毀損訴訟で勝訴するまで、実に559日もの長い闘いを強いられました。代表の棉花(メンファ)氏は、疑惑に晒された日々を「膨大な消耗」と振り返ります。人気ゲーム「落日山丘(ザ・サンセット・ヒル)」のPC版発売直後に起きたこの騒動は、企業のブランドイメージを大きく傷つけ、経済的にも甚大な被害をもたらしました。本記事では、一連の事件の経緯と、法廷で真実を追求し続けた当事者の苦悩を深掘りします。SNSの拡散力と「ネット世論」の危うさを改めて問いかける、現代社会の課題が垣間見えます。
疑惑の発端:SNS告発と「落日山丘」への影響
全ては2024年8月22日、胖布丁が開発したゲーム「落日山丘」のPC版発売翌日に起こりました。ID「狸子Neazle再次转生」(以下、狸子氏)と名乗る元従業員が、中国のSNS微博(ウェイボー)で棉花氏を告発したのです。
狸子氏は、棉花氏が2021年の社員間のトラブル対応で「性ハラスメントを黙認」し、自身や同僚に対して「精神的な抑圧(PUA)」を行ったと主張。さらに、実習期間中に契約書を交わさず、日本の社会保険にあたる「五险一金(ごけんいっきん)」を支払わず、違法な方法で給与を支払っていたとも訴えました。「落日山丘」のプロデューサーが自身の主張を支持しなかったため、ゲーム名をタグ付けして拡散したとされます。
胖布丁側はすぐに警察に届け出て、公式声明を発表しました。2021年のトラブル発生当日に男性社員Cを解雇しており、「事件は解決済み」と説明。しかし、この声明は多くの傍観者に「性ハラスメントがあったことを認めた」と解釈され、かえって炎上を加速させました。狸子氏の投稿は2万件以上リツイートされ、6.7万件の「いいね」を獲得し、瞬く間にトレンド入りしました。
SNS上での炎上は、胖布丁に甚大な被害をもたらしました。「落日山丘」は発売初日に9489本の売上を記録し、Steamの新作人気ランキングに登場しましたが、告発の拡散後、2000件以上の返金が発生。Steamの評価は「非常に好評」から「賛否両論」へと急落し、おすすめ作品リストからも外されてしまいました。
法廷での真実:559日の証拠収集と反証
事態を重く見た棉花氏は、SNSでの反論の難しさを痛感し、法的手段に訴えることを決意します。しかし、性ハラスメント事件発生から3年以上が経過しており、当時の状況を証明する明確な証拠をすぐに提示することは困難でした。
棉花氏と彼のチームは、古い携帯電話からチャット記録を復元するなど、膨大な労力をかけて証拠を集めました。二審の開廷前には、狸子氏の微博での発言と事実の不一致を指摘する、34ページにも及ぶ詳細な証拠資料を作成しています。
胖布丁側は、狸子氏が遅刻や業務能力不足を理由に2021年6月に解雇されたこと、当時学生であったため社会保険に加入できなかったこと、給与は当初から支付宝(アリペイ)での支払いを提案し、銀行口座の提供を求めていたことなどを証拠と共に示しました。
「彼が売春したと言ったら、私はどうやって売春をしていないと証明すればいいのか? 彼が会社が多くの女性従業員を追い出したと言ったら、どうやってそれを否定すればいいのか?」棉花氏は、潔白を証明することの難しさを訴えます。SNSでの泥沼化した論争を避け、法廷での「客観的な判断」を求めた結果、沈黙を守り続けたことが、一時的に世論に「心証が悪い」と受け取られたのも事実です。
勝訴、そして残されたもの
そして2026年3月3日、上海市長寧区法院は二審で胖布丁の勝訴を言い渡しました。性ハラスメント黙認とパワハラの告発は、根拠のないものであると認められたのです。この判決は、疑惑に晒されてから実に559日後のことでした。
しかし、勝訴の報を聞いた時、棉花氏の心には「ようやく終わった」という安堵こそあったものの、「勝訴の喜びはほとんどなかった」と言います。「数百日かけて証拠を集め、訴訟資料を作成した膨大な消耗に対して、得られた結果は微々たるものだ」と彼は語りました。本来ゲーム開発に費やすべき時間を失い、世間の関心はすでに別の社会問題へと移っていたからです。
判決書には、告発による経済的損失も記録されています。「落日山丘」は通常45.32%の願望リストからの購入変換率を持つところ、実際は8.64%に留まり、約201万元(日本円で約4000万円)の売上損失が発生したと算定されています。現在もSteamでの評価は「賛否両論」のままです。
まとめ
今回の胖布丁の事例は、SNS時代の情報拡散の恐ろしさと、それが企業に与える甚大な影響を浮き彫りにしました。情報の真偽が曖昧なまま拡散され、一方的な告発によって企業のブランドイメージや経済活動が大きく損なわれる可能性があることを示しています。
企業にとって、危機発生時の対応、特にSNS上でのコミュニケーションは極めて重要です。しかし、時に感情的な議論の渦中で冷静な反論が困難になることもあります。今回の胖布丁のように、法的な手続きを通じて真実を追求する道を選ぶことも一つの戦略ではありますが、その過程で失われる時間や信用、そして精神的な負担は計り知れません。
この事件は、中国のゲーム業界にとどまらず、あらゆる企業が直面しうるリスクであり、私たち一人ひとりがインターネット上の情報に対してより高いリテラシーを持つことの重要性を強く示唆しています。SNS上での「真実」と法廷での「真実」が必ずしも一致しない現代において、真の事実を見極める眼差しが今、より一層求められています。
元記事: chuapp
Photo by Mahmoud Yahyaoui on Pexels












