「小作文事件」や人気カリスマ配信者・董宇輝(ドン・ユーフェイ)氏の離脱など、相次ぐ逆風にさらされてきた中国のライブコマース大手「東方甄選(East Buy)」。一時低迷した株価が、董宇輝氏の独立発表時から230%以上も急騰し、かつての水準に回復しています。このV字回復の背景には、「脱・董宇輝化」戦略の下で進められた自社開発製品への注力と、会員モデルへの大胆なシフトがあります。果たして東方甄選は、カリスマ配信者への依存を脱し、新たな成長モデルを確立できたのでしょうか。その戦略と今後の課題を探ります。
株価急回復の裏側:カリスマ不在からの脱却
中国のライブコマース業界を牽引してきた「東方甄選」は、まさに激動の1年を経て、再び資本市場の注目を集めています。人気カリスマ配信者だった董宇輝氏の「小作文(ミニ投稿)」内容を巡る騒動や、その後の董宇輝氏の独立など、同社は一連の危機に直面し、株価も一時的に大きく下落しました。しかし、2023年7月25日の董宇輝氏独立発表時の終値12.4香港ドル(前復権、※株式分割や増資などを考慮した調整後の株価)から、2024年8月15日には41.24香港ドルまで急回復。その上昇率は232%を超え、時価総額も430億香港ドルを突破しました。この株価は、「小作文事件」発生前の水準にまで戻っています。
「小作文」事件と董宇輝氏の独立:激動の2023年
株価低迷の引き金となったのは、2023年12月初旬に発生した「小作文事件」でした。東方甄選の公式SNSに掲載された投稿(小作文)の内容が、実際は董宇輝氏の作ではなく、運営チームが作成したものだと判明し、人気配信者と運営側の関係性、そして収益配分を巡る問題が浮き彫りになりました。この騒動は瞬く間に拡大し、世論の批判を浴びた東方甄選は、株価の急落だけでなく、ブランドイメージにも大きな打撃を受けました。
事態を収拾するため、同社CEOの俞敏洪(ユー・ミンホン)氏は迅速な対応を見せました。董宇輝氏を東方甄選のシニアパートナー、新東方教育科技集団(東方甄選の親会社)会長の文化アシスタント、新東方文旅集団副総裁といった要職に昇進させるとともに、董宇輝氏が独立して運営するライブコマースルーム「与輝同行(Yu Hui Tong Xing)」を設立しました。しかし、この動きも董宇輝氏の独立を止めることはできませんでした。2024年7月25日、東方甄選は董宇輝氏の退職を発表。同時に、董宇輝氏が全額出資する子会社「与輝同行」の全株式を7658.55万元(約16億円)で董宇輝氏に譲渡しました。俞敏洪CEOは、この譲渡について「宇輝に贈ったものだ」と明言し、さらに「与輝同行」に残された1.4億元の純利益のうち、50%を董宇輝氏に分配した後の残りが本来は東方甄選に帰属するものであったことも示唆しました。
この独立発表の翌日には、東方甄選の株価が23%以上も暴落し、時価総額は30億香港ドル近くも蒸発するという連鎖反応を引き起こしました。董宇輝氏だけでなく、この1年で少なくとも3人の人気配信者が東方甄選を去っています。直近では2024年6月18日に、人気配信者の一人である頓頓(ドゥンドゥン)氏が離職を発表しました。頓頓氏は今後も「東方甄選製品推薦官」として協力関係を続けるとしていますが、過去には同社の管理体制(配信者への説明不足や、SNSでの危機発生時の対応の遅さなど)への不満を漏らしていたことも報じられています。
相次ぐ逆風に対し、東方甄選の舵取り役である俞敏洪CEOは、2024年1月の決算説明会で「長期的な視点で物事を捉えている。焦らず、しかし決して諦めない。心配はいらない。この道を選んだ以上、心から納得できる評判を築くまで諦めることはない」と、強い決意を表明していました。
「脱・董宇輝化」戦略の成果と今後の課題
「脱・董宇輝化」の新たな道のりにおいて、東方甄選は自社開発製品(自営製品)を軸に、段階的な突破口を開いています。最近の株価回復は、まさに市場が東方甄選への信頼を取り戻している証と言えるでしょう。
自社開発製品(自営製品)が成長エンジンに
東方甄選の財務報告によると、2024年11月30日時点で、同社は600以上のSKU(最小在庫管理単位)に及ぶ自社開発製品を展開しています。当初は生鮮食品やスナック菓子が中心でしたが、健康食品、ペットフード、新中国風アパレルなど、多岐にわたるカテゴリへと拡大しました。これらの自社開発製品は、今や東方甄選の主要な成長ドライバーとなっています。2024年11月30日までの半年間で、自社開発製品のGMV(流通取引総額)は、東方甄選全体のGMVの約37%を占めるまでになりました。
2025年も、東方甄選は製品カテゴリの拡充に注力しています。2024年6月16日には、自社開発の「純綿表層生理用ナプキン」を初めて発売。安全性を強調し、まずアプリの会員向けに先行販売を開始しました。そして6月18日の一般販売では、瞬く間に18万個が完売するほどの人気を博しました。さらに7月17日には、7月19日よりアプリで2種類目の生理用ナプキン「軽薄速吸衛生巾」を発売すると発表。こちらは7月1日に施行された中国の新しい生理用ナプキン国家標準にも準拠しているとのことです。
業界アナリストは、東方甄選が「流量(トラフィック)駆動型のMCN(マルチチャンネルネットワーク)ライブ配信」から、「製品駆動型の小売モデル」へと転換したと分析しています。第三者プラットフォームのデータによると、2025年6月の東方甄選のGMVは約8.8億元(約180億円)に達し、前年比28%増となりました。そのうち、自社開発製品のGMVは3.5億元(約72億円)で、前年比15%増を記録しています。特に自社開発製品の売上においては、中国版TikTokである「抖音(Douyin)」などの棚卸し販売チャネル(ライブ配信ではなく、通常のECサイトのように商品が並ぶ形式)が60%もの割合を占めており、ユーザーの購買行動が「配信者を追いかける」から「ブランドを認識する」へと変化していることを示しています。
自社開発製品とライブコマース事業の健全な発展により、東方甄選の継続事業の売上総利益率は、2024会計年度中間報告の32.9%から、2025会計年度中間報告では33.6%へと向上しました。これら一連のデータは、自社開発事業が東方甄選の業績成長を牽引する重要な動力源となっていることを意味しています。
中国版コストコ「Sam’s Club」を意識した会員モデルの挑戦
ビジネスモデルの革新という点では、東方甄選は「オンライン版Sam’s Club(サムズ・クラブ)」を目指し、積極的に会員制サービスを展開しています。Sam’s Clubとは、ウォルマート傘下の会員制倉庫型スーパーです。これまで、年間199元(約4,000円)の有料会員サービスを導入しており、2024年11月末時点で、東方甄選アプリの有料会員数は22.83万人を達成しました。
証券会社の浙商証券は、東方甄選の製品開発戦略が、中国の革新的なスーパーマーケットである胖東来(Pang Donglai)や、会員制倉庫型スーパーのSam’s Clubに類似していると指摘しています。高品質でコストパフォーマンスに優れた商品を厳選し、ユーザーの健康ニーズに応えることで、安定したリピート購入を促しているという見方です。
中国の市場調査会社iiMedia ResearchのCEOである張毅(ジャン・イー)氏は、東方甄選が有料会員制を導入できた背景には、強力なファン層と、商品の品質に対する一貫した評判という二つの強固な基盤があるからだと分析しています。しかし同時に、張氏は、製品の独自性や差別化については、東方甄選がさらに強化する必要があると指摘しています。
依然残る収益化と差別化の課題
業績面では、東方甄選の現在の赤字圧力も無視できません。2025会計年度中間報告によると、報告期間中の純損失は0.97億元(約20億円)となりました。前年同期の純利益が2.49億元(約51億円)であったことを考えると、黒字から赤字への転落です。これは主に「与輝同行」の子会社売却による財務的影響を受けたものです。この要因を除外した場合、継続事業の純利益は3270万元(約6.7億円)となります。
一部のアナリストは、自社開発製品のGMVは増加しているものの、東方甄選の新製品開発が主に日用品分野に集中しており、製品カテゴリ構造はさらなる拡充と改善が必要だと分析しています。また、同社の会員モデルはある程度のユーザーを獲得しているものの、22.83万人の会員数は、中国のSam’s Clubの900万人規模とは依然として大きな差があり、会員数の浸透にはまだ大きな余地が残されています。
現在、東方甄選は変革の重要な段階にあります。トラフィックの恩恵が薄れる中で、いかに製品競争力を継続的に向上させていくかが、現状を打破するための鍵となるでしょう。
まとめ
カリスマ配信者への依存から脱却し、「製品駆動型」の小売企業への変貌を遂げつつある中国のライブコマース大手「東方甄選」。一連の騒動を経て株価がV字回復を遂げたことは、その経営戦略の転換が市場に一定の評価を得た証と言えるでしょう。
自社開発製品の強化や会員制モデルの導入は、トラフィック獲得競争が激化する中国ライブコマース市場において、持続的な成長を実現するための重要な一手です。これにより、東方甄選は単なる「ライブコマース企業」ではなく、DTC(Direct to Consumer)モデルを志向する「ブランド小売企業」へと進化を遂げようとしています。
一方で、製品の独自性や差別化、そして会員規模の拡大は、今後の成長を左右する重要な課題として残されています。特に、中国版コストコ「Sam’s Club」という高い目標を掲げる以上、その規模とサービス品質にどこまで近づけるかが注目されます。
東方甄選の今回の変革は、カリスマ個人への依存から企業としてのブランド力と製品力で勝負するモデルへの転換であり、中国のライブコマース業界全体のトレンドを先導する可能性を秘めています。日本のEコマース企業やDTCブランドにとっても、その成功と課題は、顧客ロイヤリティの構築や独自製品開発のヒントとなるでしょう。
元記事: 36氪_让一部分人先看到未来
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