中国のソーシャルメディアで、いま「冬瓜スープ」をめぐるミームが大流行しています。投稿主「@累_」氏が公開した一連の動画がきっかけとなり、抽象的でありながらも具体的なこのミームは、瞬く間に若者の間で共感を呼び、模倣動画が次々と生み出されました。なぜ、この「冬瓜スープ」が多くの人々の心を掴んだのでしょうか?その背景には、中国家庭でよく見られる「養生式」と呼ばれる、独特な親子間コミュニケーションの課題が潜んでいます。本記事では、この人気ミームを通じて、中国の世代間ギャップと、デジタル時代における若者の自己表現の形を深掘りします。
中国で大バズ!「冬瓜スープ」ミームの正体
ここ数週間、中国の主要なソーシャルメディアプラットフォームでは「冬瓜スープ」というキーワードがトレンドを独占しました。事の発端は、動画投稿主の@累_氏が投稿した一連の冬瓜スープに関する動画。一見するとごく普通の家庭料理である冬瓜スープが、なぜこれほどまでに多くの若者を魅了し、熱狂的なミーム現象を巻き起こしたのでしょうか。
SNSを席巻する謎の「冬瓜スープ」
このミームは、ある意味で抽象的でありながら、同時に非常に具体的です。多くの若者が、まるで自分の日常を切り取られたかのように共感し、次々とパロディ動画やテキストを生み出しました。その人気ぶりは、もしインターネットミームにアカデミー賞があるなら、「冬瓜スープ・ファミリー」が最優秀作品賞、監督賞、編集賞、主演男優賞、主演女優賞などを総なめにするだろうと評されるほどです。
「養生式」コミュニケーションとは?
「冬瓜スープ」ミームがこれほど多くの共感を呼んだのは、それが中国家庭に典型的なコミュニケーションパターンを的確に風刺しているからです。このパターンは、しばしば「養生式(ヤンションシー)」と呼ばれます。これは、親が子どもとの間の感情的な対立や構造的な問題を、すべて身体的な「些細な病気」として単純化し、最終的に「食事による健康管理(食養生)」で解決しようとする慣習を指します。
例えば、「そんなにイライラしているのは、肝臓が熱を持ちすぎているからよ、知ってる?」「冬瓜スープを飲んで、熱を冷ましなさい」といった会話がその典型です。親は健康や食事という名目で愛情や関心を表現しますが、往々にして子どもの真の感情やニーズを見過ごしてしまいます。この「冬瓜スープ」は、親の愛情と教育が絡み合った、ある種具体化された表現となっているのです。このパターンが持つ荒唐無稽さが、多くの若者にとって笑いのポイントでありながら、同時に深い共感を生む原因となっています。
冬瓜スープに込められた親の「愛」と「支配」
インターネット上では、冬瓜スープを巡る「名セリフ」が「二向箔(二次元化攻撃)」とまで評される強力なインパクトを持つ会話の連鎖として拡散されました。これは単なるユーモアに留まらず、世代間の関係における緊迫感を浮き彫りにしています。
あの名セリフの連続!冬瓜スープ連鎖会話
冬瓜スープのミームは、以下のような連鎖的な会話でその特徴を表現します。
- 「この冬瓜は古くなったわね」 → 「あなたももう若くないわね」
- 「いい加減、相手を見つけなさい」 → 「公務員試験でも受けたらどう?」
- 「ほら見てごらん、一日中スマホばかりやってる」 → 「肝臓が熱を持ちすぎているから、冬瓜スープをたくさん飲んで熱を冷ましなさい」
わずか数十秒の間に、一本の冬瓜から人生設計、そしてスマホの使用状況へと話題が飛び、最後は「冬瓜スープで解決」という原点に戻るという展開です。その説得力は、SF小説『三体』に登場する、すべてを二次元に圧縮してしまう兵器「二向箔(二次元化攻撃)」に例えられるほど強烈だと言われています。
背景にある親の価値観とコントロール欲求
この連鎖的な会話の核心は、親が子どもに対して直接的に「私の言う通りにしなさい」とは言わず、「あなたのためを思って」という愛情の衣をまとい、普遍的で古くからの知恵であるかのように、自身の価値体系や秩序を押し付けようとする点にあります。親は、子どもの反論を「物事を知らない」と解釈し、拒否すれば「先祖への裏切り」とまで見なす傾向があるのです。
その結果、若者たちは、自分たちが一杯のスープではなく、挑戦を許さない一套の価値体系、一套の秩序に直面していると感じています。これは、最も一般的な親のコントロール欲求が「愛」という名目で現れるという、普遍的な親子の課題を映し出しています。
日本にも通じる?世代間ギャップの普遍性
SNSのコメント欄には「うちもまさにこんな感じだ」「親のあの言葉にいつも困惑する」といった共感の声が殺到し、大規模な「うちも同じ」現象を巻き起こしています。この現象は、中国特有のものではなく、世界中の多くの家庭、特にアジア圏の家庭で共通する課題を浮き彫りにしていると言えるでしょう。
共感の声が殺到する「うちも同じ」現象
「冬瓜スープ」ミームは、親世代の「よかれと思って」という心配や助言と、それに対して子ども世代が感じる「本質的な問題が無視されている」というギャップをユーモラスに表現することで、多くの人々の心に響きました。特に、子どもの体調不良や精神的な不調を「食べ物が足りない」「体が冷えている」といった理由に帰結させ、食事で解決しようとする親の姿は、日本の家庭でもよく見られる光景かもしれません。
日本の読者への示唆
この中国の「冬瓜スープ」ミームは、日本の読者にとっても示唆に富んでいます。デジタルネイティブ世代が、ソーシャルメディアを通じて、家族との関係、特に親からの期待や干渉に対する複雑な感情を表現する新しい方法を模索していることが分かります。
このミームがこれほど流行したのは、インターネットを通じて、多くの若者が自分と同じような経験をしていることに気づき、孤立感を打ち破るきっかけとなったからです。ユーモアを交えながらも、真剣な社会問題や世代間ギャップを議論する場が、オンライン上に生まれているという現代のトレンドを象徴する現象と言えるでしょう。中国のこの現象は、私たちの社会における家族のあり方や、コミュニケーションの未来について深く考えるきっかけを与えてくれます。
元記事: pedaily
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