中国のAIチップ開発を牽引する寒武紀(Cambricon)の株価が、中国A株市場で貴州茅台(Kweichow Moutai)に続く「千元(1000元)銘柄」となる勢いで急騰し、市場の注目を集めています。高騰の背景には、中国が目指す国産AIチップの代替戦略と、同社が抱える「稀少性」が挙げられます。しかし、この株価高騰が未来の成長を過剰に織り込んでいるのではないかという議論も活発化しています。果たして寒武紀は、その期待に応え、真の成長を遂げることができるのでしょうか。
急騰する寒武紀の株価:AIチップ市場の新たな波か?
2024年8月、中国の国産AIチップ大手である寒武紀(Cambricon)の株価が急騰し、一時1000元の大台に迫る勢いを見せました。これは、中国本土株式市場(A株)において、高級酒メーカーの貴州茅台に続く高値圏に位置する「千元銘柄」となる可能性を秘めており、関連ニュースは瞬く間に中国全土に拡散しました。市場では「今回の株価上昇は行き過ぎだ」という見方が支配的で、「今後のリスクは収益をはるかに上回る」との声も聞かれます。しかし、そうした懸念が噴出してもなお、寒武紀の株価は920元台で安定し、その底堅さを印象づけました。
この株価急騰の直接的な引き金は、8月12日に流れた「増産に向けた基板・ウェハーの大量調達により、下半期業績が予想を上回る」という未確認情報でした。この噂に反応し、当日の株価はストップ高となりましたが、会社が緊急で否定声明を出した後も、投資家の熱意は冷めるどころかさらに高まり、3営業日で累計30%以上の急騰を記録しました。
その背景にある最も直接的な要因は、市場における「国産コンピューティングパワー(算力)チェーンの出遅れ解消」への強い期待です。米国のAI関連株、特にNVIDIAのようなコンピューティングパワーチェーンの主要企業が上半期に驚異的な成長を遂げる中、光モジュール大手の中国中際旭創やPCB大手の滬電股份といった中国の大手ハイテク企業も短期間で株価が倍増しました。これに対し、寒武紀は一時期、前回の資金流入の消化期間にありました。このような「国内外のコンピューティングパワー関連銘柄の株価上昇率の差」が、市場の高いリスク選好度の中で、投資家にとっての「アービトラージ(裁定取引)機会」と捉えられたのです。AI需要の期待がすでに株価に十分に織り込まれた企業がある中で、資金は当然、同じロジックで「まだ十分に上がっていない」銘柄を探し求める傾向があります。
さらに深く掘り下げると、根本的な要因は、ハイエンドチップの深刻な需給不均衡と、「自主制御(自主開発・国産化)」という戦略的な要求にあります。需要面では、高いコンピューティングパワーの需要爆発が世界のチップ産業の景況感を押し上げていることは、すでに世界経済の共通認識となっています。GoogleやMetaなどのグローバルテック大手は、AI戦略やクラウド事業拡張のために、2025年の設備投資を相次いで上方修正しています。デロイトの予測では、2027年には世界のAIチップ市場が4000億ドルに達し、保守的に見ても1100億ドル規模になると見込まれています。中国は世界第2位のコンピューティングパワー大国であり、産業経済システムが非常に巨大であるため、AIコンピューティングパワーの需要は指数関数的に増加しています。
しかし供給面では、産業チェーン技術の自主的な限界に阻まれ、ハイエンドAIチップは長らくNVIDIAなどの海外大手によって独占されてきました。国内企業も急速に追いつこうとしていますが、絶対的な技術レベルから言えば、依然として大きな差があります。最近、「H20チップの性能制限」や「海外が『性能を抑えた』Blackwellチップしか提供しない可能性」といった情報が継続的に広まっており、市場の国産代替加速への期待を一層強めています。このような背景の中で、寒武紀の「稀少性」が大きく評価されることになりました。国内で数少ない7nmプロセスでクラウドAIトレーニングチップを量産できる企業として、光大証券の試算データによると、寒武紀が開発したクラウドチップ製品は、NVIDIAやHuawei Hisiliconの製品と同様に7nmなどの先進プロセスを採用しており、性能と消費電力もかなり近いレベルにあります。さらに、価格面での優位性も持ち合わせており、寒武紀のAIチップはHuaweiの同タイプチップよりも優れており、「代替品として最有力」の選択肢となっています。加えて、クラウド、エッジ、エンドデバイスをカバーする全シナリオの製品マトリックスと、着実に構築される完全なエコシステムにより、寒武紀は国産AIチップの「自主制御」における最適なソリューションの一つであり、現在もA株における「純粋なAIチップ第一号」と見なされています。
大手顧客獲得で裏付けられた「国産AIチップの旗手」
寒武紀の株価高騰は、同社自身の内部的な改善が顕著であることとも無関係ではありません。2025年第1四半期の決算報告によると、寒武紀の売上高は11.11億元に達し、2024年通期の12.8億元の規模に迫っています。親会社株主に帰属する純利益は3.55億元で、2四半期連続で黒字を達成し、前四半期比で31%の増加となりました。
この爆発的な成長の直接的な原動力は、国内大手顧客からの受注です。例えば、バイトダンス(ByteDance)は単一四半期で思元590チップを6万枚以上調達し、約6億元の収益に貢献しました。国家電網のスマートコンピューティングクラスタープロジェクトからは2.1億元の収益が確認され、中国移動などの通信事業者顧客からの需要も増加し、クラウド製品ラインの売上比率が70%を突破しました。これらの受注爆発は、寒武紀の技術力を証明しただけでなく、「国産AIチップには大手顧客がいない」という従来の疑問を打ち破るものでした。
より明確に言えば、この業績は、前述の寒武紀の評価ロジックに対する初期的な肯定でもあります。2016年に設立され、2020年に創業板に上場した寒武紀は、常に中国設計チップ市場の「リーダー」と位置づけられてきましたが、売上拡大のペースが緩やかだったため、その評価額には常に疑問が呈されてきました。しかし、現在、寒武紀の最大の突破口は、その市場での地位がより多くの業績の裏付けを持つようになり、高い評価額にもより強固な根拠が生まれたことにあります。
さらに期待されるのは、バイトダンス、中国移動などのインターネット大手や、国家電網システムのような業界リーダーからの大規模な承認が、寒武紀の真の商業帝国への新たな章を開く可能性が高いことです。これは、かつてのEVバッテリー産業における寧徳時代(CATL)の成功を想起させます。結局のところ、最終的なAIコンピューティングパワー需要の大部分は、バイトダンス、アリババ、テンセントといったインターネット大手、三大通信事業者、そして電力網機関に集中しています。彼らからの承認は、産業チェーン全体からの承認を意味するのです。
統計によると、バイトダンスの2025年の設備投資予算は1500億~1600億元と推定され、そのうち約900億元はハイエンドAIチップの調達に充てられます。アリババの予算は約1200億~1300億元で、今後3年間で累計3800億元以上を投資する予定であり、AI関連分野が投資の核となります。テンセントは1000億~1320億元をAIチップ、サーバー、データセンターの建設に重点的に投資すると見られています。中国の6部門は、2025年までに105EFlopsのインテリジェントコンピューティングパワーを構築する方針を打ち出し、中国移動は2024~2025年にAIサーバー7994台を調達する計画であり、コンピューティングパワーの調達需要が明らかに爆発的に増加しています。
寒武紀の関連製品もエンドユーザーで検証されており、スマート端末IPは1億台以上の携帯電話やその他のスマート端末機器に組み込まれ、思元シリーズは浪潮(Inspur)、レノボ(Lenovo)などのサーバーメーカーに採用されています。特に思元220は発売以来、累計販売数が100万枚を突破しています。寒武紀は現在、「技術投資期」から「商業化実現期」への重要な転換期にあり、このことは、間もなく発表される第2四半期決算報告で改めて確認される可能性が高いでしょう。実際、上半期決算発表期に発生した、寒武紀を代表とする今回のAI物語市場は、業績の回復、産業サイクルの共鳴、そして政策の後押しが複合的に作用した結果と言えます。
3900億元超の時価総額が問う「未来の透支」
売上が実弾を伴うものである一方で、利益を詳細に分析すると、いくつかの疑問の声が上がっています。機関投資家の分析によると、3.55億元の純利益のうち、政府補助金が7671万元、信用減損損失の戻入れが約1.2億元の利益に貢献しており、中核事業からの真の利益はわずか2.76億元に過ぎないとされています。これは、同期の総合売上総利益率56%の裏に、何らかの隠れた問題があることを示唆しています。そのため、市場は特に第2四半期決算の開示状況に注目しています。市場は、寒武紀が受注を拡大する際のコスト管理能力を確認したいと考えているのです。
絶対的な評価額から言えば、たとえ業績が大幅に改善したとしても、11億元の売上規模に対し、約3900億元の時価総額は、寒武紀の評価額が確かにすでに非常に高水準であることを示しています。株価収益率(PER)は271.8倍と、国内の平均的な半導体業界のプレミアムを大きく上回っています。このような「評価額と業績のミスマッチ」は、本質的に市場が「国産代替の確実性」に投票していることを示していますが、その高い成長が過度に織り込まれている可能性も否定できません。
寒武紀の今回の株価高騰におけるもう一つの潜在的なリスクは、国産半導体の上流における「ボトルネック問題(カ脖子)」が小さくないことです。これは、同社の受注実現に大きな影響を与える可能性があります。つい最近も、業界では日本のフォトレジスト大手企業の歩留まり変動により、3つのチップ工場が直接減産を余儀なくされました。また、フォトニックチップの技術がシリコンベースの生産ラインを代替する可能性も、一連の不確実性を引き起こすかもしれません。したがって、たとえ将来的に大手企業からの受注が相次いだとしても、原材料の供給リスクや受託製造コストの上昇といった問題が、同社の納品進捗や収益性を脅かすでしょう。
NVIDIAを参考にすると、絶対的な製品力に加え、強固なエコシステムとサプライチェーンの掌握能力も、その4.44兆ドルという時価総額を支える不可欠な基盤となっています。例えば、エコシステムの面では、NVIDIAのCUDAプラットフォームは400万人以上の開発者を抱え、OpenAIやGoogle DeepMindといった大手AI企業と深く結びつき、模倣困難なソフトウェアの堀を築いています。サプライチェーンの掌握においては、TSMCの3nmプロセスがBlackwellチップを独占的に受託製造し、歩留まりは90%を超えています。競合製品であるAMD MI300XがTSMCの5nmプロセスに依存せざるを得ず、生産能力が明らかに制約を受けているのと対照的です。
まとめ
AIチップ分野が国家の技術的自立という戦略的使命を担う中で、寒武紀のような優れたリーダー企業は、長期的視点で実体経済と資本市場が融合して発展するための重要な推進力となるでしょう。しかし、投資家は冷静に現状を認識する必要もあります。現在の株価には過度な楽観的期待が織り込まれており、技術の反復、サプライチェーンコスト、エコシステム構築といった成長に伴う「課題」には、まだ時間が必要です。
中国のAIチップ産業が今後どのような道を辿るのか、寒武紀がその中でどのような役割を果たしていくのかは、日本の産業界にとっても注目すべき動向です。特に、半導体サプライチェーンの再編が進む中で、中国の国産化戦略が日本の関連企業に与える影響も無視できません。今後、寒武紀が技術的ブレイクスルーを達成し、サプライチェーンの課題を克服できるか、そして真に持続可能なビジネスモデルを確立できるかが、その未来を左右する鍵となるでしょう。
元記事: 36氪_让一部分人先看到未来
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