近年、日本の乙女ゲームファンにも注目される中国製の女性向け恋愛シミュレーションゲーム(通称「国乙」)。特にゲーム内で提供される「婚カード」(結婚をテーマにしたイベントカード)は、プレイヤーの大きな期待を集める一方で、現実社会の「結婚恐怖症」がゲーム内にも色濃く反映され、その位置づけが複雑化しています。プレイヤーが望むロマンティックな約束と、現実の結婚に対する多様な価値観が交錯する「婚カード」の現状を深掘りします。
中国乙女ゲーム「婚カード」の複雑な位置づけ
中国の女性向け恋愛シミュレーションゲーム、通称「国乙」。その中でも特に注目を集めるのが、周年記念やバレンタインデーなどの大型イベントで登場する「婚カード」です。これは、プレイヤー間で結婚をテーマにした特別なカードを指す通称で、少なくとも見た目は結婚式の衣装で描かれています。
プレイヤーにとって「婚カード」は、ゲームの男キャラクターとの関係が新たな段階に進んだことを示す重要な「節目」。生涯の伴侶となるロマンティックな想像を掻き立てる、特別で印象的なイベントとして期待されています。しかし、ここに一つの矛盾が生じます。ゲーム側としては、物語の進行やキャラクターとの恋愛関係を継続させる必要があるため、これを「真の結婚」とすることはできません。もし本当に結婚してしまえば、ゲームは「恋愛シミュレーション」から「結婚生活シミュレーション」へと変わってしまうからです。
そのため、これまでの「国乙」の婚カードは、そのほとんどが「真の結婚」ではありませんでした。特定のシーン体験、パラレルワールドの物語、あるいは公式から「誓約カード」と称されるなど、結婚とは異なる設定が用いられています。それでもプレイヤーは、タキシードやウェディングドレス、ブーケ、指輪といったアイテムを通じて、そのシーンをリアルに体験し、男キャラクターとの「永遠で唯一の愛」を心の中で誓うのです。
変化する現実がゲームに及ぼす影響:プレイヤーの「恐婚」意識
しかし、複数の「国乙」タイトルが長期運営を続けるにつれて、社会環境も変化し、その現実感がゲーム内に構築された幻想的な情感のユートピアにも浸透してきました。顕著な変化として、かつては婚カードの品質や価格といった「ゲーム外」の要素で議論されることが主でしたが、近年では「恋愛関係そのもの」に関する疑問の声が繰り返し上がるようになっています。
一つは、メーカーの商業戦略に対するものです。「新しいゲームで婚カードを出すのが早すぎるのではないか」「男キャラクターとの関係性が十分に深まっていないのに」といった声が聞かれます。多くのプレイヤーはゲームの商業ロジックを受け入れ、感情体験のためにお金を払いますが、メーカーが拙速に、あるいは頻繁に婚カードを出すことで、プレイヤーと男キャラクターの関係が軽々しく、功利的に見えてしまうことを懸念しています。
もう一つ、増加しているのは「そもそも婚カードを望まない」というプレイヤーの声です。言い換えれば、「二次元(ゲームの世界)ですら結婚したくない」という考えを持つ人々。彼女たちの声は決して多数派ではありませんが、現代の女性が抱える心理状態を強く反映しています。二次元であろうと三次元であろうと、「恐婚」(結婚恐怖症)には複雑な原因があるのです。
「ゲームなら家事も姑問題も子育てもないのに、なぜ結婚を恐れるのか?」という疑問も上がります。しかし、恐婚意識を持つプレイヤーの心の内を覗くと、その理由は多岐にわたります。幼い頃に親の不幸な結婚生活を目の当たりにした経験から「結婚」という概念自体に抵抗があるケースや、恋愛そのものや自分自身を信頼できないといった、現実の深い悩みが背景にあることも少なくありません。
理想と現実が交錯する婚カードの表現
主要な「国乙」各タイトルが婚カードをどのように展開してきたかを見ると、共通点が多く見られます。例えば、サービス開始から1年余りで婚礼テーマを試験的に導入し、その後、主要な祝祭日や大型イベントで西洋式と中国伝統式の婚礼テーマを交互に展開するパターンです。特に『未定事件簿』は、2周年で婚約カード、そして5周年で「真の西洋式結婚」カードを導入し、プレイヤーが男キャラクターと「婚姻届」を交わせるという、現実と同期した異例の歩調を見せています。
これらの婚礼テーマはプレイヤーから様々な反響を呼びますが、カードの描写やストーリーに対する要求から、現代の人々が抱える矛盾した情感が透けて見えます。社会が伝統的価値観から現代へと移行する中で、プレイヤーの婚礼要素へのニーズもまた、これらの矛盾を反映しているのです。
一方では、婚礼儀式自体が持つ伝統的な幸福の象徴や、クラシックなロマンティック要素に浸りたいと願います。豪華な衣装や壮大な儀式など、現実ではあり得ないような盛大な場面に憧れるのです。しかし他方では、これらの儀式に現代的な観点での再解釈を求めます。特に中国伝統婚礼の描写では、封建的な慣習や宗族制度の色合いは排除され、男キャラクターとプレイヤーの出会いは常に自由恋愛であり、運命的な結びつきであることが強調されます。
西洋式の現代婚カードは、より直接的に現代の結婚観を反映しており、多くのプレイヤーが共感や約束を見出す場所となっています。指輪のデザインやベールの形、ドレスのスタイルといった典型的な「象徴」も議論されますが、それ以上にイベントで表現される「理念」が重要視されます。例えば、『光と夜の恋』の婚カードで登場する男キャラクターの新婚電話のセリフ「結婚して女の子が以前の美しさに戻れなくなるなら、結婚はむしろ災難だ…成長の歩みは結婚によって止まることはない…君が毎日、以前より強く、自信に満ちていることを願う」は、多くのプレイヤーに理想の結婚像として語り継がれています。
また、今年の『未定事件簿』の婚カードでは、ある男キャラクターのカードイラストが、ヴィクトリア朝の画家エドマンド・ブレア・レイトンによる作品『結婚登記』(The Wedding Register)を参考にしたとプレイヤーが考証しました。原画では多くの参列者の証言のもと、法律文書に署名する新婦が荘厳な美しさを見せていますが、ゲームではより明るい色彩と参列者のいない描写で、「二人だけの契約」、外的要因に邪魔されない結婚の約束が表現されています。
まとめ
「婚カード」は、単なるゲームアイテムの枠を超え、現代中国の、そして広くアジア圏の女性が抱える複雑な結婚観や社会の変化、さらにはゲームと現実の境界線を映し出す鏡となっています。売上や話題性を向上させる一方で、その描写や設定がプレイヤーの深い心理と共鳴し、時には「二次元ですら結婚したくない」という現代女性の「恐婚」意識を浮き彫りにします。
この現象は、日本の乙女ゲーム文化にも通じる部分が多く、今後、日本のゲーム開発者もプレイヤーの多様な結婚観や社会の変化を、どのようにゲームデザインや物語に落とし込んでいくかが問われるでしょう。ゲームが単なるエンターテインメントに留まらず、現実社会の課題や心理状態を反映するメディアとして、その役割がますます深まっていることを示唆していると言えます。
元記事: chuapp
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