ゲーム開発において、新しいアイデアを試行錯誤することは不可欠ですが、これは同時に多くの問題、ひいては長時間労働の根源となることも少なくありません。企画担当者が示したアイデアが、いざ実装されると想定と異なったり、途中で変更が生じたりすることで、プログラマーやアーティストの努力が無駄になるケースは枚挙にいとまがありません。このような状況は、大規模な3Aタイトルでは数百万ドルの損失につながることもあり、避けがたいジレンマとして業界に横たわっています。では、世界のトップ企業である任天堂は、この問題をどのように乗り越えているのでしょうか。元任天堂で、現在は『サイレントヒル』シリーズのプロデューサーを務めるベテラン開発者、岡本基範氏が、任天堂での経験を基にその哲学を語りました。
ゲーム開発の「試行錯誤」は諸刃の剣
クリエイティブな業界であるゲーム開発において、さまざまな新しいアイデアを試すことは非常に重要なプロセスです。しかし、これが開発における最も困難な矛盾の一つであり、多くの残業発生源となっているのも事実でしょう。例えば、企画者がアイデアを出し、プログラマーやアーティストがそれを実現しても、結果が期待通りでなかったり、あるいは急遽別の可能性が閃いて修正要求が出されたりすることがあります。これにより、担当者のそれまでの作業が水の泡となり、大量の追加作業が発生してチーム全体が残業を余儀なくされるのです。場合によっては、一つのモジュールの修正が数百万ドル規模の損失を招くこともあります。
元任天堂プロデューサーが語る「任天堂の哲学」
ベテランゲーム開発者である岡本基範氏は、任天堂に約10年間在籍し、『スーパーマリオ』や『ピクミン』シリーズなど数々のタイトル開発に携わってきました。彼は最近、日本の開発者たちの間で交わされた「ディレクターはゲームの仕様を実装してみないと良し悪しを判断できないのは不適格か?」という議論に注目し、自身の見解を共有しました。
岡本氏によると、任天堂では「書面上のものだけで決定するのではなく、実装とテストこそが鍵」であると強調します。そして、驚くべきことに、このような厳しい姿勢を明らかにしています。
「機能を実装することを怠るプログラマー、そして締め切りや予算を言い訳にして試行錯誤のプロセスから逃れようとするプロジェクトマネージャーやプログラマーに対して、任天堂はためらうことなく開発チームから除名するでしょう。」
さらに、任天堂の開発環境は「誰もがゲームディレクター」という文化であると岡本氏は説明します。これは、チームの全開発者がゲームを改善する上で、一定レベルの意思決定責任を負うことを意味します。もしプログラマーが「この仕様は面白くない」と感じたら、自身が「面白くなる」と考える方法で自由に実装する裁量があるのです。それが「プロのゲームプログラマー」のあるべき姿だと岡本氏は語ります。
一方で、これは「完全に完成してから全てを捨てる」ことを意味するわけではありません。「簡略化されたグラフィックであっても、ゲームメカニズムが面白いかどうかを判断できない開発者は不適格と見なされる可能性があります」とも述べ、初期段階での本質を見極める重要性も指摘しています。
岡本氏は、革新的なゲームを生み出す上での最大の危険は、「ゲームデザインの専門家」や「全てを知っていると自負する批評家」が、必要な試行錯誤のプロセスを妨げてしまうことにあると警鐘を鳴らしています。たとえ当初は不合理に見えるデザインであっても、ためらうことなく試すことの重要性を説くのです。
その典型的な例として、宮本茂氏や故・岩田聡氏の名前を挙げました。彼らは業界の「賢者」と称される一方で、ゲーム制作においては常に謙虚に、そして自ら手を動かす姿勢を崩さなかったと言います。「実際に手を動かさずに判断できると主張するならば、それは純粋な傲慢だと私は考えます」と岡本氏はコメントしています。
試行錯誤の限界と、その先
しかし、岡本氏はこの開発スタイルが全てのゲームタイプに適用されるわけではないことも認めています。特に、任天堂があまり内部開発しない「物語主導型ゲーム」においては、実装段階まで判断を待つことは、ムービーなどの高価なアセットをゼロから作り直すことを意味し、一般的な開発予算では現実的ではありません。
物語主導型ゲームにおいては、理想的にはストーリーラインの段階で試行錯誤を繰り返し、可能な限り多くのイテレーション(反復)を行うべきだと岡本氏は提言しています。
まとめ
任天堂の徹底した「実装とテストを重視する」文化、そして「責任を伴う自由な発想」は、クリエイティブな試行錯誤を最大限に引き出し、革新的なゲームを生み出すための独自の哲学に基づいています。岡本氏の言葉は、ゲーム開発のみならず、あらゆるプロダクト開発におけるリーダーシップ、チームのあり方、そして何よりも「試行錯誤」と「責任」の重要性を私たちに問いかけます。特に日本の開発者にとっては、世界をリードする任天堂の文化から、自身の開発プロセスを見つめ直す貴重な示唆が得られるのではないでしょうか。机上の空論ではなく、実際に手を動かすことの尊さを改めて認識させてくれる記事です。
元記事: gamelook
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