中国のインディーゲームスタジオ「Youthcat Studio(柚子猫工作室)」が手掛けるSF工場建設シミュレーション『ダイソン球計画(Dyson Sphere Program)』が、Steamでの早期アクセス(EA)開始から5周年を迎えました。宇宙の壮大な建造物「ダイソン球」を建設するという野心的なテーマと奥深いゲーム性で、世界中のプレイヤーを魅了し続ける本作。しかし、その華々しい成功の裏には、開発チームの想像を絶する苦労と情熱がありました。特に、EAローンチの切実な理由が「資金難」だったという驚きの事実や、5年間でチームが直面してきた技術的な課題、そして開発ペースの変遷まで、知られざる開発秘話をご紹介します。
EA開始から5周年、そして驚きの裏側
2026年1月21日、『ダイソン球計画』はEA開始から5年目を迎え、5周年記念の開発ログと動画、そして今後のアップデート予告が発表されました。Steamのレビュー欄は、開発チームのたゆまぬ努力と、1.0正式版への期待で溢れています。
多くのプレイヤーは、毎年1月に行われる周年記念アップデートを「綿密に計画された時期」と考えていました。しかし、共同創設者のKat氏によると、その真実はもっと切実なものでした。「正直なところ、1月にリリースしたのは、私たちにお金がなかったからです」と、彼女は当時を振り返ります。
Kat氏と夫の周訊氏は、結婚後初の本格的な事業として『ダイソン球計画』を立ち上げました。周訊氏が技術者出身である一方、Kat氏はもともとマネジメント畑。しかし、共にゲームを作る夢を叶えるため、周訊氏は2年前からKat氏にゲームプランニングを教え始めました。わずか5人の研究開発チームで、重慶の賃貸アパートの一室で開発をスタート。ゲームリリース前には、靴箱の上にインスタントラーメンが山積みにされるほど困窮していました。
2020年を通して、チームは文字通り「毎日深夜3時、4時まで残業し、早朝の太陽を何度も見た」という高強度の開発を続けます。資金は2021年1月までしか持たないことが判明。「何が何でも1月にはリリースしなければ、チームを維持できなかった」とKat氏は語ります。給料日である10日には、資金が底をつき、従業員への支払いができない状況にまで陥りました。クラウドファンディングで集めた資金も、段階的な振り込みのため、必要な時に手元にないという状況です。
極限まで追い詰められたKat氏は、パブリッシャーであるGamirror GamesのCEOに電話をかけ、第一回の支払いを前倒ししてもらうよう懇願しました。その結果、資金を得て、まさに「弾薬が尽きる寸前」でゲームはリリースされることになります。当初、開発チームは20万本の販売を予測していましたが、ゲームは大ヒット。彼らは予想もしなかったスピード感で、怒涛の更新サイクルに突入していきました。
「当時はコミュニティ運営が私たちの仕事の一部だと認識していませんでした。ただひたすら開発に集中していました」とKat氏は語ります。初期の周年記念は、開発状況とのミスマッチから、むしろチームにプレッシャーを与えていましたが、5周年を迎えた今は、「必ずしも大型アップデートと紐づける必要はなく、過去1年間の成果と将来の計画をプレイヤーに伝える機会」と捉え方が変わったと言います。
重慶で育まれた「宇宙」:チームの成長と開発の裏側
この5年間で、『ダイソン球計画』の開発チームは大きく成長しました。当初の5人から約20人へと増え、コアとなる研究開発メンバーは10人弱(プログラマー3名、アーティスト2名、プランナー1名、テスター2名)という体制です。主宰する夫妻の出身地である重慶に拠点を置く「Youthcat Studio」ですが、この立地は人材募集に長期的な困難をもたらしています。「重慶の気候と食文化は、一部の人材を遠ざけます。夏は非常に暑く、料理は辛い。そのため、チームを大きくすることがなかなかできませんでした」とKat氏は打ち明けます。
しかし、一度チームに加わったメンバーの離職率は低く、創業期からの古参メンバーのほとんどが今も在籍しています。Kat氏は、履歴書選考から筆記試験、面接まで全て自ら行い、「最も優秀な人材ではなく、私たちのチームのDNAに最も適した人材を採用している」と語ります。彼女が新人に求めるのは、ゲーム業界への情熱、プレイヤーとしての視点、そしてチームの開発プロセスを尊重する姿勢の3点です。
新入社員の最初の1ヶ月の仕事は、『ダイソン球計画』をオフィスでひたすらプレイすること。「この機能はなぜこう設計されたのか? このボタンはなぜここにあるのか?」といった目的意識を持ってゲームを体験させ、プレイヤーから開発者へと視点を転換させるための育成プログラムです。プログラマーの育成期間は特に長く、入社後1年近くかけてようやく本格的な開発業務に加われるといいます。この高い育成コストが、プログラマーの人数を常に少数に留めている要因でもあります。
夫の周訊氏は、プロデューサー兼技術の要としてゲームデザインとテクニカルアーティスト(TA)を担当し、プログラマーチーム全体の技術的方向性をリードしています。『ダイソン球計画』の開発ログで公開される多スレッドアーキテクチャや性能最適化に関する専門的な技術内容は、彼とプログラマーチームが共に執筆したものです。Kat氏は「難しすぎて理解できない」とこぼしますが、周訊氏は「技術的な詳細はともかく、全体像は理解できるはず」と答えるそうです。
Youthcat Studioは現在、新たなプロデューサーの育成にも力を入れています。「私たちはいつか老いる。この業界には新世代のプロデューサーを育てる必要があり、後継者が必要だ」とKat氏は語ります。彼らの「数人でゲームを作りたい、そして実際にゲームを作った」という創業時の「遺伝子」は、5年経った今も変わらず受け継がれています。
更新ペースの「減速」が示すもの、そして未来へ
『ダイソン球計画』の5年間の更新履歴を振り返ると、最初の2年間は頻繁かつ迅速なアップデートが特徴でしたが、その後は明らかにペースが落ちています。当初、Kat氏もこの変化を理解できませんでした。「なぜこの機能をデザインしても、皆さんの進捗がこんなに遅いのかと尋ねました。プログラマーたちは、『毎日一生懸命やっていますが、本当に終わりません』と答えたんです」と、彼女は語ります。
その主な理由は、ゲームの互換性維持にあります。新機能を追加するたびに、それがすべての既存機能と互換性があることを確認しなければなりません。Kat氏はこれを「行列(マトリックス)の作成」に例えます。新機能が行、旧機能が列となり、行が一つ増えるごとに、確認すべき交差点(互換性ポイント)は幾何級数的に増加します。以前のバージョンで新しかった機能も、次のバージョンでは「旧機能」となり、行列の行と列は絶えず膨張していくのです。
『ダイソン球計画』は5年間で非常に多くのバージョンをリリースしており、新しい機能を追加する際には、2021年以降のすべてのセーブデータが問題なくロードできることを保証する必要があります。開発が終わっても、膨大な量のテストが必要で、バグが見つかれば修正し、再びテストを行う。この繰り返しが、開発プロセスを非常に長くしています。また、同様のゲームである『Factorio』が2Dであるのに対し、『ダイソン球計画』は3Dであるため、互換性の問題や技術的な困難はさらに複雑さを増しています。
まとめ:情熱と技術が織りなす宇宙の夢
資金難という切実な状況からスタートし、5年間の早期アクセス期間を経て、世界中のプレイヤーを魅了する大作へと成長を遂げた『ダイソン球計画』。Youthcat Studioの情熱と技術へのこだわり、そして困難に直面しながらも真摯にゲーム開発に取り組む姿勢は、日本のインディーゲーム開発者にとっても大きな示唆と勇気を与えるのではないでしょうか。
重慶という地で、限られたリソースと少人数のチームで宇宙を創造し続ける彼らの物語は、ゲーム開発の裏側にある人間ドラマを浮き彫りにします。更新ペースの減速は、単なる遅延ではなく、プレイヤーの長年のデータと未来の体験を守るための、開発チームの熟練した技術力と責任感の証でもあります。1.0正式版のリリースに向けて、Youthcat Studioがどのような新たな宇宙を見せてくれるのか、今後の『ダイソン球計画』から目が離せません。
元記事: chuapp
Photo by Otto Rascon on Pexels












